――おとぎばなし C――(2)
「絶対、私の『恋人』を奪ったビッチの仕業なのです」
ベラドンナが確信に満ちた声で呟きます。
「どうして、わかるんだい?」
モレクが目を見開き不思議そうに尋ねました。
「女の勘です。もしくは、クソ偽善者のモレクのことが気に食わない愉快犯が、モレクが余計なおせっかいをした街を破壊するためにやったことなのです」
ベラドンナはそう言って、モレクを嘲笑します。
「普通に考えれば、黒砂糖の砂漠の関係者の犯行だと思うんだけど、あながち、否定もできないなあ。時々、僕の『人類最高ハッピー計画』を邪魔しようと、僕が幸せにしてあげた人々にちょっかい出す奴がいるんだ。全く、僕は全ての人を苦しみから解放してあげたいだけなのに、どうしてそんなことをするのか、全く意味不明だよ」
モレクはそう言って、大げさに肩をすくめてみせました。
「偽善者のお題目はどうでもいいのです。私はおもしろいものが見たいのです。不幸なのですから、おもしろいショーを見て、気を紛らわせなければならないのです。前にこの街の奴らからモレクが奪った『疑念』を返してやるのです。そうすればたちまち大戦争。きっと、良質な『憎しみ』や『悲しみ』のココノハが手に入るのです。そうすれば、ちょいワルな恋人が造れるのです」
ベラドンナが暗い笑みを浮かべて呟きます。
「一度、ぬぐい去ってあげた不要なものを無理矢理返すなんて、そんなひどいこと僕にはできないよ」
聖人のごとき穏やかな表情で、モレクは宣言します。
「じゃあどうするのですか。放置して、絶望を熟成させるのですか。モレクは鬼畜なのです」
ベラドンナがむしろそうであることを期待するように言います。
「それよりも、もっといいアイデアがあるんだ。前の街でとってきた――」
*
街にまた活気がもどってきました。
もっとも、今の街路はきらびやかな飴ではなく、絆創膏を模したものであり、広場の噴水では赤く着色されたチョコレートが血のように噴き出しています。店の先々では「ロシアンルーレット饅頭」に「暗殺ケーキ」、「死の口づけ」と名付けられた飴が、大量に並べられています。
「うまくいったようだね。これでみんなハッピーだ」
モレクは目の前の光景と自分の救世主的行いに満足げに頷きました。
「全部私のおかげなのです。にも関わらずただ働きとは、不幸すぎるのです。残念至極なのです。せめて、モレクがひれ伏して私に感謝しやがれです」
確かに彼女は協力しました。正確にいうなら、彼女の人形が。
ベラドンナの人形は、『恋人』の命令に従って、人間二人が眠っている間に、街全てを仕立て直してしまったのです。
「感謝なら街の人たちが散々してくれたじゃないか。僕は感謝されるのは好きだけど、感謝するのは大嫌いなんだ」
モレクが真顔で言います。
「まあ、いいです。どうせ、モレクの感謝には、この恋人以上に心がこもってないですから」
ベラドンナは、スイカの中身を確かめるように人形の頭をノックしました。
空っぽの木の『うろ』を叩いたような間抜けな音がします。
「それにしても、あいつらに『ずるがしこさ』を加えるとは思わなかったのです。しかし、あいつらは疑念を持たないはずです。ずるがしこさと両立するのですか?」
ベラドンナは不快そうに髪についた砂糖をはたき落としながら聞きました。
「ああ。むしろ、疑念を持たないからこそ、有効なのさ」
モレクはしたり顔で言い放ちます。
「どういうことです?」
「彼らは『ずるがしこさ』を手に入れて、『食べたら死ぬかもしれない』砂糖菓子を逆手にとって、『責任免除』を約束させてから顧客に売りつける」
「しかし、誰がそんなものを買うんです。食べたら死ぬかもしれない菓子なんて」
ベラドンナが首を傾げます。
「彼らは『鑑賞用』だと思っている。だからこそ、罪悪感なく商売ができるわけさ」
「どうせ性悪なモレクのことです。真意はもっと別の、陰険なところにあるに決まっているのです。白状しやがれです」
ベラドンナがジト目でモレクを睨みつけます。
「そうだね。例えば、君の大嫌いな恋人987号とオルゴールの踊り子の人形が本物の人間だとしよう」
「不快な例えなのです」
ベラドンナが眉をひそめます。
「君の恋人は僕だけだよ」
彼女の下の人形が機械的に嫉妬してみせました。
「まあそう言わずに最後まで聞きなよ。――彼女と恋人の居場所を見つけた君は、仲直りの徴にここで買ったお菓子を持っていく。『私と別れるのに何のリスクもなしなんてありえないです』とでも言って、一緒にそのお菓子を口にすることにする」
「でも、いくら、毒を撒くといっても、砂漠全体を覆うような薬の量は確保できるはずがないのです。もし、そんな大規模な薬物散布なら誰かに気づかれてしまうに違いないのですから。故に元々、あそこの砂糖を使っても、毒を含んで死ぬ確率は天文学的に低く、99,9%、奴らを殺すことはできないではないですか」
ベラドンナはその光景を想像していらいらしたのか、人形の首を締め上げました。
「そうだね。今君が言ったことと同じような文句が商品のパッケージの裏に書いてある。そして、『自己責任』でお食べくださいという注意書きも一緒に。それを見た二人は安心して、まあ、食べるだろう。多く暗殺される側は不用心で純粋だから」
「だからなんなのですか。モレク。まさか、あのビッチ共と仲直りせよとでも言うのですか」
「それが、街の人たちが想定している使い方だろうね。だけど、君が望めば、彼らは100%の確率で殺せる」
モレクは誰もいない空中に向かって、手の銃で心臓を狙い打つ真似をしました。
「まどろっこしいのです。結論から話しやがれです!」
ベラドンナがもどかしげに叫びます。
「確率は目に見えない。例えば、そのお菓子に細工したとして、初めて『ロシアンルーレット饅頭』を目にした人はどうやって、偽物と本物を見分ければいい? ここの『世界』のレベルじゃ、開封したか否かを判別できるほど厳密な包装はできないんだよ」
「……知っていてやったのですね。要するにあの商品は暗殺のダシに使われるのです。人を謀殺したい奴らがこぞって買っていくというわけですか」
ベラドンナは忌々しそうに地面に唾を吐き捨てました。
「人聞きが悪いなあ。『偶然』外れを引いてしまうんだ。天文学的な運の悪さでね。それだけさ。後は、天罰だ。運命だ。適当な理由がつけられるだろう。誰のせいにもできない。砂漠に毒薬をまき散らした犯人を除いてね。死が丸くおさまるじゃないか」
モレクは自身の言葉に酔うように何度も頷きます。
「モレクは救世主ではないのですか。人を苦しみから解放すると言っていたではないですか」
昨日、自ら戦争を引き起こすような提案をしておきながら、なぜか、懇願するような調子でベラドンナは言いました。
「こんな簡単なトリックも気づくことができないような馬鹿はどのみち幸せには生きられない。死こそが救済さ。大丈夫。ほとんど引っかかる奴なんていないから。本当に毒殺するなら、もっとわかりにくくするに決まってるだろ」
今度は両手でつくった銃で、目に見えない人間を楽しそうに大量虐殺しながら、モレクが断定します。
「じゃあ、結局、客は何でこんな馬鹿なお菓子を買っていくのですか?」
「相手がおみやげを受け取り拒否すれば冗談で済む、もし、素直に受け取って食べるようなら――」
「……自分に言い訳ができるのです。『こんな見え透いた策略に引っかかる方が悪い』。ずるがしこいのです」
モレクのセリフを途中で、ベラドンナが奪い取ります。
「そういうことさ。で、食べてみるかい? 街の人からお礼にもらったんだが、持っていくには荷物だし」
モレクは包み紙をほどいて、「ロシアンルーレット饅頭」の包みの中から赤、青、黄色。三原色の饅頭を取り出しました。
「いらないのです。全部、一人で食べやがれ下衆野郎」
ベラドンナは舌打ち一つ、下の人形の頭をはたき、モレクから距離をとりました。
「そうかい? じゃあ、遠慮なく頂こう」
モレクは躊躇なく、饅頭を三つ一気に頬ばりました。特別表情を変えているわけではないのですが、いつも愉快げなモレクが食べていると普通の饅頭も殊更においしそうに見えます。
「一気に食べることないではありませんか! いやしんぼう! 毒にあたって死ぬがいいです!」
モレクはそんなベラドンナの悪態を聞き流し、澄み渡る青空を見上げて、満面の笑みで呟きました。
「ああ、おいしかった。やっぱり、邪魔なものは消してしまうに限るね」
==== あとがき ====
こんな感じの二組の旅をお送りします。もし拙作を気に入って頂けましたら、★★★やフォローなどで応援して頂けると嬉しいです。
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