開かずの倉庫

 僕は、美術館の学芸員をしている。学芸員と言うのは端的に言うと、美術品、芸術品などの文化、芸術を研究しているプロフェッショナルだ。そんな僕が所属している某美術館には、誰も入ったことのない言われている【開かずの倉庫】がある。 だが、先日先輩からその鍵を渡された。というのも先輩は、僕にその開かずの倉庫の中を整理してほしいというのだ。開かずの倉庫と言うだけあって、鍵もないのかと思っていたが鍵の存在を見せられて勝手に落胆していた。

そうはいっても、倉庫の中身については先輩もわかっていないらしいので【開かずの倉庫】と言われるのも納得ではあった。そんなブラックボックスのようなものを開けるとなると、緊張感とワクワク感が同時に押し寄せてきた。


 開かずの倉庫があるのは美術館の地下4階。倉庫の場所は噂ばかりで誰も知らない。当然、地下4階なんて初めて聞いた。というのも、エレベーターは地下3階までしかないからだ。地下3階の倉庫の奥の扉を先輩から受け取った鍵の束のうち一つを使って開けた。すると、薄暗いが下へ続く階段があった。持っていた懐中電灯で明かりを点けて、僕は下へ向かった。階段を降りた先の壁にスイッチがあったので、明かりを点けるとそこには棚に置かれた段ボールがずらりと並んでいた。


「いや、段ボールに保管していることなんてあるのか?」


そう思いながら、僕はその段ボールの中を覗いた。その中には、白いキャンバスが大量に積まれていた。何かしらの絵が書かれているのならまだしも、白い絵の具で塗られているわけでもない新品同然のキャンバスだ。


首をかしげつつも、他の段ボールを覗いてみた。今度は、巻物のようなものがいくつも乱雑に入っていた。その内の一つを取り出し、中身を確認してみた。くるくると開いていくと同時に多足系の虫がわらわらと落ちてく。その姿に、僕は言葉を失った。整理整頓なんてもんじゃない、この倉庫は保存管理もロクにできていない。そのことに気付いた僕は血の気が引いた。


さらに奥へ向かっていくと、段ボールに入りきらなかったのか絵画が乱雑に置かれていた。ため息交じりにとりあえず地下3階から取ってきた段ボールの中にそれらを入れていった。より分け、他の倉庫に分類して応急処置を済ませていった。すると、絵画に埋もれていて気付かなかった人型のものが床に仰向けになっていた。ミイラかなにかだろうかと思い、気にせずシーツを剥がしたところ生々しい人間の顔があらわになった。古い時代の者ではない、死んで数時間といったところだろうか......。


 僕はそのことを、上にいた先輩に話してみることにした。だが、彼は信じてくれずヘラヘラとしていた。だが、僕が彼を連れて地下4階にいる死体を見せると、表情が変わった。その後、少し考えた後冷静な表情に戻り始めた。


「ああ、これは展示品だね。ただの蝋人形だよ。ただ、展覧会がお蔵入りになって日の目を浴びなかったんだ。捨てて大丈夫だよ」


その話し方は、どこか冷酷で残忍な様子だった。本当に蝋人形だろうか、その疑問が喉まで出かけたが僕はその質問をする勇気はなかった。それに、捨てる勇気も持ち合わせてなかった。僕は、先輩にその鍵を返してできないと伝えた。そうしたら、先輩は小さい声でブツブツと言っていた。何かは聞き取れなかったが、その後


「別にいいや。ここ、誰も来るわけでもないし。研究資料があるわけでもないし......。こっちこそ、突然整理なんて言ってごめんね」


と言って、僕を倉庫から追い出して閉め切ってしまった。その手際の良さと、執着の無さに奇妙さを抱いてしまった。僕は、あの開かずの倉庫をさらに調べたいと思い、夜に一人で再調査することにした。


先輩が帰って、がら空きになったデスクから開かずの倉庫の鍵を拝借し再度地下4階へと向かった。さきほど行ったときとは雰囲気が打って変わって、不気味さが増していた。懐中電灯の明かりの中、僕は改めて棚に置かれた段ボールの中を見た。

さっき見たのと同じ、白いキャンバスだ。でも、新品のキャンバスがあるのはおかしい。裏まで調べるもどこまで見ても白のキャンバスだ。だが、一つだけおかしいものがあった。それを振ると、なにか中に入っているような音がしたのだ。しかも、良く触ると木枠に貼ってある布が二重になっている。恐る恐る僕はそのキャンバスを破いてみると、その中から小さなナイフのようなものが出てきた。


「まさか、あの蝋人形って......」


さらに、僕は巻物の入っていた段ボールをあさった。中には文字は無く、ムカデのような虫が大量に巻物に巻かれていた。


「この巻物の中、なんかべとべとする。これで、ムカデを捕獲してたのか? 何のために......。落ちて来たってことは、かなり粘着力が弱くなってる。年月が経ってる証拠だ。あの蝋人形、本当に死後数時間なんだろうか......」


ようやく、奥の方に見つけたあの蝋人形の顔に触れてみた。すぐにでも崩れ落ちそうな白いコーティングが、懐中電灯の光で不気味なテカりを帯びて気味が悪い。目もよく見ると見開いていて怯えているようだ。僕はさっき見つけたナイフで蝋人形の腕の皮膚の一部分を切り取ってみた。すると、肌と共に赤みを帯びたものが剥がれて来た。怖気で鳥肌を立てつつ、僕が人形の方を見ると人形の方も赤い筋繊維が見えてしまっていた。


「あ、開けちゃだめだったんだ!」


後悔しつつ、僕は開かずの倉庫をしっかり閉めて階段を登ろうとした。

すると、階段の先に先輩が立っていた。先に帰っていたはずなのに......。


「開かずの倉庫、掃除しなくていいっていったじゃないか」


「そ、それどころじゃ......」


そう言いながら、持ち帰ってしまった蝋人形の破片を彼に見せた。すると、彼は呆れながら倉庫の鍵とその破片を僕から取り上げた。


「だめじゃないか。展示品破損させちゃ......。大事な作品を傷つけちゃだめだろ......。たとえ、その経緯がなんであれ、ね?」


そう語る先輩の目は少し悲しい目をしていた。

僕は、彼に平謝りしてその場を後にした。


 それからというもの、僕は先輩とは口を聞かなくなった。というより、話すのが怖くなった。そのせいか、他の従業員とも折り合いがつかなくなり始めた。僕はもうこの仕事はやめようと思います。自分も蝋人形にされるかもと、不安になって集中できないので......。

 

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