水族館にいたいきもの

 小学生の頃、毎日のように通っていたこの水族館には奇妙な都市伝説があった。それは「見たら呪われる生き物がいる」というものだ。

そのうわさ話を聞いたのは、大人になってここの従業員として働き始めたころだった。私はそんな生き物の展示を見たことが無いし、飼育している姿を見たことがない。だけど、時折この水族館に来てから様子がおかしくなった人もいると実際にクレームが来たこともあった。私も、当然他のスタッフもそして館長ですらその噂を否定してきた。 だって、私達は普通に暮らしてこれているんだから......。


でも、館長の不審死がそれを覆してしまったのだ。


館長が亡くなっていたのは、魚たちのエサや彼らの住む水槽を綺麗にする掃除用具などが入っていた倉庫だった。その天井から垂れたロープが首にかけられていた。死因はロープによる絞殺。警察は自殺と断定したが、これまで噂に尾ひれがついて客足が遠のいていった。さらに、館長不在ということもあり閉鎖に追い込まれた。


 うちの水族館の閉鎖が決まってから、私たちは身寄りのなくなる魚たちを知り合いの水族館へと案内していった。その準備をしていた最中、また倉庫の方から悲鳴が聞こえた。私がその場に向かうと、そこにはびしょぬれになって倒れていた同期Aがいた。彼の身体をさするも返事はない。呼吸の確認を取るも、息はない。必死で人工呼吸は心肺蘇生を図るも応答はない。最終手段のAEDさえも反応がない。すぐに救急と警察をまた呼んだ。



 警察はまたかというような訝しむ様子で、私たちを見つめた。当然、私達も彼が亡くなったのはさっき発見したのであって誰も殺してはいない。警察は、私達を不信がりながらも一旦事故死としてAの死体とともに引き返していった。

次々と出る被害者に、私達は気が滅入りながらも閉鎖するための準備もあるので切り替えて他のスタッフは持ち場に戻っていった。私も持ち場に戻ろうとしたとき、奇妙な点に気付いた。 それはAが持ちだそうとしてた木箱だった。重さ的に、水槽とその中に生物が入っていそうだ。だが、より不気味さを増していたのは【封】や【開ケルナ】などと書かれたシールが貼られていたことだった。しかも、血痕がいくつかついている......。私はその木箱が気になって、道具箱からバールを取り出して開けてみることにしてみた。


「その箱に触るな!!」


突然現れた私の先輩がとてつもない剣幕で私の持っていたバールを奪っていった。目を見開いていると、先輩はその木箱に何か優しく話しかけて子供を抱きかかえるかのように持ち運びだした。私は、彼女に謝りつつもその中身はなんなのかと聞いた。すると、彼女はか細い声で私に話してくれた。


「カースド・フィッシュ......。呪いの魚だよ。君は優しかったから、呪われてほしくないんだよね......」


そう言って、彼女は暗がりの方へ消えていった。その時、私の中で嫌な予感がした。私はこの予感が外れてくれと頼みながら彼女を追いかけていった。すると、彼女はその木箱を持って他の従業員の元へ向かっていった。その従業員は、女性へのセクハラが多く問題視されていたイルカの飼育員Bだった。有能で、表面がよかったので館長には好かれていたが、うまく言えないが嫌われて仕方のない人間だった。


「な、なんなんだ! その魚は......」


どうやら先輩は、Bにその魚を見せているらしい。それを見るなり、彼は怯えて後ずさりしていく。私はじりじりと先輩の方に近づいて行って、よくわからないまま病めるように促した。


「......。なに? あなたも私に意見するつもりなの? どいつもこいつも......。どいつもこいつも、私をのけ者にして!! 理解してくれるのは魚だけ! 彼らだけが私を救ってくれる!!」


そう言って、彼女はこちらを向いてきた。彼女が抱えていた木箱から、少しだけ中身が見えた。緑色に光る目のようなものと、とげとげと光る牙のようなものが一瞬見えた......。深海魚、だろうか......。


「とにかく、その魚を置いて。落ち着いて話しましょう?」


私は彼女を諭すも、彼女はその木箱を開き水槽をあらわにした。水槽は海藻なのか、全体的に濁って暗い。その中で不気味に光り続ける二つの緑......。これは瞳、なのだろうか......。


「違う! これは私の子!! 魚じゃない!! クソがっ! 嫌いだ!嫌いだ嫌いだ! お前も呪われろ! 死ね! 死ね! 死んじゃえ!!」


水槽の中の深海魚(?)は、先輩の言葉に反応してその緑の二つの光を皿に発行させる。その影響か、めまいと冷や汗がとまらなくなる。私は慌てて目を閉じて踵を返す。閉じてもさっきの光の残像がついて離れない。


「逃がさない! 逃がさない! 殺す、殺す殺す殺す! 私の子を受け入れてくれない人は誰でも!!」


私はようやく目を開けて、その場から逃げ出した。どうやら先輩は私を追いかけているようで、ずっと後ろからうるさく、そしてしつこく私の名を叫んでいる。私はそれに応じず、倉庫へとやってきた。奇しくも、館長が発見された場所と同じ場所だ......。私はその中にある工具箱から、バールを取り出した。


「どこにいるの? ごめんね。優しく殺してあげるから、出ておいで。家族になりましょ。この子を二人で育てるの。とても深い深い、この子の住処で。とても幸せになると思うわ!」


うわごとを並べる彼女に、同情しつつも私は足音がこちらに向いた瞬間にバールを彼女の肩あたりに当てた。彼女の意識はあるものの、苦痛でひっくり返る。その間に彼女の持っていた水槽を木箱の中に封印した。封印したとたん、興奮状態だった先輩が気を失った。


 覚えているのは、ここまでです。あの後、深海魚をどうしたのかはわかりません。

今は別の水族館で働いて元気に働いています。新しく増えた家族を養うため、いつも以上に働いています。いつか、深い深い幸せな場所を目指すためにも、ね。


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