死のしきたり

 久方ぶりの実家は、居心地が悪く吐き気を催すことばかりだった。自分の生まれた家系に、あんな不気味な因習があるだなんて知らなかった。そのことを知ったのは、つい先週のことになる。


 その日、普通に仕事をしていたとき突然父から電話が来た。父は昔からぶっきらぼうで、あまり連絡などよこす人間ではなかったので驚いた。だが、一番驚いたのは父の口から、祖父の死を告げられたことである。祖父は、僕にとって両親の次に大事な存在だった。小学生時代はいつも遊んでくれていたし、一人の時も気遣ってくれた人である。だからこそ、戻ってきてほしいと言われたときはすぐに承諾した。


 その日のうちに会社と連携を取って、休みを取って僕は乱雑に着替えを入れたキャリーバッグを転がして夜行バスとタクシーを乗り継いでいった。僕の実家は、N県の山のふもとだ。つまり、かなり田舎の方にある。まだ栄えている街並みがあるため、学校などで同級生は多い方だったが、酷いところだと廃校になったものも少なくないという場所だ。僕はそんな寂れた街が嫌で、大学時代に上京して以来帰省していなかった。


 そのため少し抵抗はあったものの、タクシーから降り立った時の地元の土の感覚は懐かしいものがあった。まだ日も明けていなく、電灯の少ない田舎町をキャリーバッグ片手にふらふらと彷徨った。夜のためか、はたまた実家に帰り慣れてないのか小1時間迷子になってようやく実家にたどり着いた。僕は羽虫舞う玄関の明るいライトの下、インターホンを鳴らした。


 すると、血相の悪い男が現れた。どうやら父のようだ。祖父の死を悼んで憔悴しているのか、昔以上に口数が少ない。夜更けに来た無礼はあるが、家族なのだからもう少し手厚く歓迎してもらいたいところだが贅沢は言えない......。


 父は僕を手招きして玄関入ってすぐの居間に通された。居間には、母と妹が丸いちゃぶ台を囲んでいた。二人とも、喪服を着こんでいるがそれ以前に気になるのは、装飾もなにもない目と口だけ丸く繰りぬかれたような質素なお面をつけて静かに座っていた。僕が居間に入るなり、二人はなにも物を言わずこちらを見て一瞥した後再びちゃぶだいを見つめ直した。僕はもうこの時点で帰りたくなった。


「なんでそんなお面つけてんの?」


 僕は母よ妹の二人に話しかけて見た。だが、彼女らはなにも言わずこちらを向いて頷くだけだった。僕が立ち尽くして困惑していると父が後から居間に入ってきた。


「座れ」


父のぶっきらぼうな声が聞こえる。僕は父を見上げ、開いた口が塞がらないまま言われるまま座ることにした。


「父さん、なにがどうなってるんだ?」


「しきたりが終わるまでは女は声も発してはならないし、顔も見せてはならない。それがうちの家の流儀なんだ」


そういうと、それを聞いていた母と妹は賛同するように頷いた。それも狂いなくぴったり同じタイミングでだ。気味が悪い光景だが、僕はこれは宗教的なならわしじゃないかと思った。正直僕はそういうことに疎かったし、家族での葬式も初めてだったため、もう少し話を聞いてみた。


「そういう宗教?」


「宗教じゃない、家の風習だ。俺も儀式が始まると話せなくなる」


家の風習、ということはホラー映画とかで聞く因習とかそのたぐいだろうか。でも、そんなのうちにあったのかとここで初めて知ったのである。家族が父以外物を言わない人形のようになっている光景に、嫌気がさして僕は居間を出て子供のころに使っていた部屋へ向かった。部屋の襖を開けると、そこにはシーツのかかった何かが置いてあった。シーツからふわりと広がる悪臭。羽虫のようなものが飛び交う光景に僕はまたも言葉を失った。


「あまり屍人様の部屋へ入るんじゃない」


のっぺりとした声が背中から唐突に聞こえてくる。驚いた拍子に「うわっ!?」と叫びながら腰を抜かすと、父が無表情で立っていた。


「お、驚かさないでよ」


「あまりうろうろするな。特に屍人様はいまお眠りだ。居間に戻って来い」


そう言って、父は手を差し伸べてくれた。その優しさは、子供のころと変わらない不器用さと言える。僕は父のごつごつとした手を取り、立ち上がる。心臓の高鳴りを押さえ切った後、僕はシーツの中を思い切って聞く。


「屍人って、もしかしてこのシーツの下って......」


「ああ。おまえのじいさんだ」


変わり切った祖父の姿に驚く間もなく、僕はその異様さに後ずさりする。


「なんなんだよ......。なんで、シーツ? てか、虫が湧いてるけどどれだけ置いたらこうなんの?」


「1か月くらいになるか......。死んだのは」


「は? それからずっとここに置きっぱなしってか? 意味わかんねえよ!」


そう言うと、父は慌てた様子で僕の口を押えた。


「大声を出すな! 屍人様が起きたらどうするんだ!? とにかく、式が終わるまで騒がないでくれ! これは、家族のためなんだ!!」


父の懇願する目は、本気だった。僕はその言葉を信じて、居間の方まで静かに戻っていった。すると、家の外から鐘の音が鳴った。父が初めに立ち上がり、母たちの付けているものよりも一回り大きく派手は鬼のお面をつけ始めた。そして僕たちを先導させ祖父が安置されていた所へ向かった。祖父の遺体を父、母、妹、そして僕が持ち上げて声も発せず家の外に出した。


「しびとを今より、天にお返し申す~!!」


父が暗闇の中、叫び始めた。すると、遠くから「おーい、おーい」と聞こえ始める。すると父は準備ができたのか、歩き始めた。声を頼りに、僕たちは祖父を抱えたまま山道を登り、さらに獣道を通って小さな寺のようなものについた。寺の鐘が何度も鳴り響く。敷地のさらに奥の、なぜかある鳥居を僕たちはくぐらされた。その先に、先ほど声をあげていた男がいた。男は住職だった。

素人でも分かる。この葬式はめちゃくちゃだ。お寺かと思えば鳥居をくぐるし、その先に住職がいるのだから。しかも、その住職が指を差すのは地面に転がる十字架だ。しかも人を一人、磔にできるくらいの。


「おいおいおい、これはなんの儀式なんだよ。なんの宗派なんだよ! ていうか、じいちゃんのこと、これから火あぶりにするってんじゃあねえだろうなあ!?」


 宗教に詳しくない僕でも、すぐに十字架がなにを現すのか察しがついた。声を出す僕に、母親が何も言わずに口を押えてくる。僕が暴れるも、母親はなだめるように抱きしめていた。いや、羽交い絞めにされていたと言ってもいい。十字架に祖父の手、足を括りつけ、釘で打ち付ける。その景色は、教科書の資料集でしか見ないもの。大きな十字架に磔られた祖父を、僕たちはまたも運ばされていく。


 場所は、山の頂上。頂上には神社で見る小さな祠が鎮座していた。

おそらく神様が見ているだろう中、祖父が磔にされた十字架は山にゆっくりと立ちあがっていく。日はどんどんと上っていく。僕の感情はもうぐちゃぐちゃになっている。そして、母は十字架の周りに木の葉を妹は木の枝を小さな山になるように敷き詰めていった。仕上げに住職と父が油のようなものを祖父やその木の葉を蒔いた。



 ここから逃げ出せばよかったと後悔している。どういう習わしでこうなったのか、ちゃんと聞けばよかった。何か、意味があるのかもしれない。先祖の罪を神に償うためとか、そういうことを聞いておけばよかったと思っている。でも聞けなかった。


聞きたくなかったのだ。

心を閉ざしていると父が懐からライターを取り出し、落とさないようにギュッと握らせてきた。ライターのひんやりとした外装が、僕の体温を奪っていく気がした。


「どうせ、俺が死んだときもやる。お前の手で、じいさんを天に送ってやれ」


僕は、小刻みに首を振った。すると、父は舌打ちをしてライターを奪ってそのまま火をつけて十字架の方へ投げ入れた。油のせいか、火は瞬く間に広がっていく。

 

 その瞬間、火が照り付けて朝日が皮肉にも上り始めた。突然、住職が正座しはじめたかと思うと、そのまま頭を地面に擦るくらいに伏せた。お祈りなのか、なにか呪文のようなものを唱えている。続けて、母と妹も同じ動作をして悲鳴のような声を上げていた。父だけは、仁王立ちで手に持っていた鈴のついた数珠を鳴らしていた。僕はその光景に飲まれる一方で、茫然と祖父の焼かれている姿を見た。


 その後、どうやって帰ったかも家族と話したかも覚えていない。気づいたら、上京してから住んでいる自宅に戻っていた。数日は仕事も手に付かず、休みをもらっていたが、最近やっと意識がはっきりとしてきた。


 だが時々朝日や太陽を見上げると、あの祖父の遺体がフラッシュバックして叫び声をあげそうになる......。次に家族の誰かが死んだとき、今度は僕が火をかける番になるだろう。

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