海と陸の境目-8

 その場にいた科学者は、すぐにその男を捕らえた。

 男は目的を果たしたことに高揚しているのか、甲高い笑い声をあげていた。


 僕はすぐ緊急用のホースをつけて海中に向かう。

 彼女は既にそれが届くギリギリの地点。水面からかなり深くまで沈んでいた。

 意識はあるようだ。すぐに僕も後を合う。

 彼女にホースを当てると、彼女は大きく息をして微笑んだ。

 地上で過ごすために作られた彼女の服は、水を含んで持ち上げることのできない重さになっていた。

 掴んだ腕から力の抜けたような感覚を覚え、彼女の方を見る。

 僕の手から腕を外した彼女は、僕の両頬に手を当てて言った。

 「きっと、最後ですから。 許してくださいね」

 

 ――唇に、水の中で感じることのない温かみを感じた。


 彼女は呆気に取られている僕にホースを当て、そのまま体を思い切り突き放した。

 吸い込んだ空気を全て出し切ったせいか、彼女は今までより一層早く底へ沈んで行った。

 僕は彼女から返されたそれを放り投げ、必死に潜った。


 追いついた彼女は、朦朧とする意識の中で僕に呆れたような顔を見せた。

 最後だから、許してくださいね。

 届くかわからない言葉を彼女にかけて、強く抱きしめた。


 服の重さに釣られ、僕らは海深くへと沈んだ。

 薄れゆく意識の中で、彼女の微笑みを見た気がした。

 この瞬間だけは、僕らはこの不自由な世界で

 唯一自由を手にした二人だった。

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