海と陸の境目-2

 マミさんが発した言葉は、僕の予想もしていないものだった。

 「――マミさん、なにを」とマミさんの方を振り向くと

 今までに見たこともないような形相で海を睨みつけていた。

 自体が飲み込めず、視線を海の方に向けるが

 当の本人も何が何だかわからないと言う様子で、マミさんを見つめていた。


「わからないか?」

「――お前を助けたせいで、私の兄は死んだんだ」

 マミさんは海にそう吐き捨て、行くぞ。と僕の腕を引いた。

 僕はただ、海の方を黙って見つめることしかできず、なすがまま船に乗せられた。

 

 そのまま船は無慈悲にも砂浜から離れてゆく。

 僕はきっとどこかで、これが最後じゃない。なんて先程まで抱いていた甘い考えを捨てた。

 砂で膝を汚し、泣き叫ぶ彼女を見つめながら、マミさんに聞こえないように呟いた。

「僕も好きでした。 海さん」

 小さな船の中ではそれ以降、波の音だけが響き渡った。



 拠点に着くと僕はそのまま退勤を命じられた。

 マミさんは、僕と目を合わさないことを除いていつも通りに振る舞った。


 家に帰っても僕は考え続けた。

 マミさんが嘘をつくとは思えなかった。

 かと言って海のあの表情にも嘘はないと思った。


 やはりと言うべきか、海は十中八九あの時僕がニュースで見た、助けられていた少女だろう。

 だが「助けたせいで死んだ」と言うマミさんの言葉は、理解できないものだった。

 僕がニュースを見ていた時、海を助けた青年は間違いなく陸に上がっていた。

 彼女を助けたことで、代わりに自分が溺れた。なんてことも科学者としてはまずあり得ない。


 だったら何故。

 考えても考えても答えは出ず、その日は一睡もすることができなかった。

 拠点に行くと、なにか違和感を覚えた。

 

 大きな船の中にある拠点は、それでも人が15人もいれば窮屈に感じるものだった。

 いつもなら3,4人程度しかいないその場所に、今日は人が溢れかえっていた。

 

 マミさんはその日拠点の周囲にはおらず、どこかに出かけているようだった。

「お前さぁ、勇気あるよな。んで『お偉いさん』どうだった?」

 顔だけはかろうじて見たことがあるような、話したこともない同僚は、いきなり僕に近づいてそう言った。

「勇気って……何が?」と聞くと、彼は驚いた顔を見せた。

「なんだ、まだ見てねぇのかよ」と何かを指差した。


 それが示す方向を見る。

 そこには今後、僕のことを海中に閉じ込め監視する事実を告げる辞令が張り出されていた。

 

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