海と陸の境目-3

 その辞令には「昇進」なんて耳障りのいい単語が書かれていた。

 科学者は、研修者と政治家を合わせたような仕事だと言ったが

 何か重要な変革が行われる時、その最終決定はそれぞれに特化した機関が執り行う。

 そして僕の異動先は法の整備に特化した、その部署だった。


 活動拠点から伸びた特別性のホースは、その船の真下に続いている。

 この部署は周囲から隔離された空間で、人々が生活する水深よりもさらに深い場所にあった。

 つまり僕の海面での行いは周囲に知れ渡ったと言うことだろう。

 そして危険だと判断した上層部の科学者は、僕をその場所で監視することを選んだ。


 ただ僕は不思議なことに、あまりショックを受けていなかった。

 あのまま海面での活動を行っていても、あの砂浜に行くことができないなら。

 海に会うことができないのならば、僕の自由にもう意味はなかった。

 

 焦点の合わない目線でそれを見つめ続ける僕の肩を、先ほどの同僚が叩いた。

「まぁこれからよろしくな! あと敬語使えよ!後輩!」

 このやかましい同僚は、僕が異動する先の先輩だったようだ。

「わかりました」とだけ言って、僕は彼の案内に従うことにした。


「……んで俺らの仕事は、ひとまずここの整理な。だからまずは……」

 辞令に書いてあった場所とは違う場所に案内された。

「あの、資料整理は僕の業務ではないんじゃ」と言うと「うっせーないんだよお前なんかここで」

 なんて、強制的にこの場所での業務を命じられた。

 

 淡々と作業についての説明を行うそのうるさい先輩は、自分のことを「シショ」と名乗った。

 科学者になってからの数年をこの資料整理のみに費やしたことで「図書司書だな、あいつは」

 と小馬鹿にされているらしい。

「ちょっと師匠っぽくてかっこいいだろうが。お前後輩だし」本人はこのあだ名を気に入っているようだった。


 説明が終わるとシショは「にしても、マミのこと怒らせるなんてバカだよなぁ」

 と僕に言うでもなく呟いた。

「マミさんとお知り合いなんですか?」と聞くと「あー、そうだよ。 同期同期」と面倒くさそうに言っていた。


「なら」と切り出したが、すぐに遮られた。

「いや、それはお前が自分で考えて、自分で見つけろ」と言った。

 考えてもわからなかったから、聞こうと思ったのだけれど。

 黙りこくる僕に「ここは幸い、色んな資料が揃ってるしな」とシショは笑って、楽しそうにその場の資料を片付け始めた。


 

 

 

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