海と陸の境目-1

 「最近砂浜によく行ってるみたいだな」

 活動拠点で報告書を作る僕を、上司はそう言って睨みつけた。

 「砂浜ですか」それ、なんでしたっけ?と誤魔化そうとするが、既に色々な情報は揃っているようだった。

 「『お偉いさん』と一緒にいるところを見たと報告も上がってる」と、上司は威圧的な態度を続けた。

 「――別に何も悪いことはしてませんよ。彼女とは話しているだけです」と弁明をするが、その「話してるだけ」が上司には許すことのできない行為だったらしい。

 「金輪際その彼女とやらに近づくことは禁止する」彼女。の部分を強調して上司は言った。


 僕の上司――マミさんは、普段はとても温厚な僕の5つほど年上の女性だ。

 だが彼女は『お偉いさん』の話が出た時だけ、他の科学者よりも嫌悪感を示す人だった。

 以前興味本位で「なぜそこまで彼らが気に食わないんでしょうか」と聞いたことがあった。

「理由なく憎まれている相手を理由なく憎むのは、それほど不自然なことか?」マミさんは冷たくそう言った。

 そこからは必要以上に彼女と『お偉いさん』の話をすることは無くなった。


 そんなマミさんが「禁止する」と言ったのだから、僕にはきっと他の選択肢は残されていないんだと感じた。

 だから一つだけお願いをした。

「最後にお別れだけ言わせてください。 じゃないと彼女、今度は海にまた落っこちてまで探しにきそうなんで」

 マミさんは――また?となにかに引っかかった様子を見せたが、自身が僕についてくることを条件に、僕からの要望を聞き入れてくれた。


 

 数日後、マミさんを連れて例の砂浜に向かった。

 海は僕のことを見つけると、嬉しそうに手を振った。

 久しぶりに会う彼女の表情に安心感を覚えるが、それと共にこれが最後になることを考えると涙が出そうになった。

 僕はなるべく明るい表情を見せて、彼女に応えるよう手を振りかえした。


 手を振っている間、後ろでマミさんが彼女を見てどんな表情を浮かべているのか

 この時の僕には知る由もなかった。


 船を降りて、砂浜に近づく。

 海は以前までと変わらず僕の方に笑顔を向けて迎える。

 「――今日は大事な話があってここに来ました」

 僕の言葉を聞いた彼女は、後ろにいるマミさんと僕を交互に見つめた。

 何かを察したようで「はい」と力強く彼女は言った。


「あなたと会えるのは、今日で最後になります。

 いきなりのことですみません。」

 必要最低限の情報を伝え、船の方を向いた瞬間。

「私、あなたのことが」と海が僕に向けて話し始めた。

 しかしその言葉は、マミさんの一言によって聞き終わる前に遮られる。

 

 「そうやって人に付け入ったんだな。 この人殺しが」

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