第20話 為すべきこと


 明日はまた忙しくなる。野営の片付けが終わった今時分が声のかけ時だろう。

 星空の下、ため息を吐く青年へと歩み寄れば、草を踏む音に気がついた彼が振り返った。


「こんばんは、イェシル。食事はゆっくり取れたかな?」


「……よ、ヴァイス。何だ、ひょっとして君もアカネみたいにポールと話をしろって言いに来たのか?」


 先ほどよりは取り繕うだけの余裕が出た青年は、ひらひらとこちらへ手を振って見せる。一見すれば、そこに違和感など何もない。


「心配してくれてるのはいいけど、気遣いは不要だぜ?ちゃんと残る二日の訓練も真面目に取り組むからさ」


「そうだね。君は気持ちの切り替えが早い。きっと残る二日は問題なくすべきことをこなせるだろう」


「……?」


 不審そうな視線をこちらに向けられる。仲直りをしろと言われると思っていたのだろう。何をいわれるのかさっぱり思い浮かばないという顔だ。


「先ほどネグロ殿と話をする機会があってね。そこでいくつかその剣、グラディウスについても話を聞く機会があった。イェシル、君はポール殿ではなく君がなぜ、その剣を授けられたのか。その意図を把握しているだろうか?」


「それは……。ネグロ団長から聞いたのは、『この剣はお前の方が相応しいから』って」


 ネグロ……、間違ってはいないが圧倒的に言葉が足りない。欠けている理由を改めて、私から彼に伝える。


「私も魔法は詳しくないのだけれど、その剣は地属性の力を秘めているらしい。私たちは法術で外部のエーテルを操ることができるが、体内のエーテルを操る魔法を知っているネグロ殿は、地属性の力が一番強いのが君だったと言っていたよ」


 息を飲むイェシル。……それくらい伝えておけばいいだろうに。かつての部下としての彼にいくばくかの呆れを浮かべる。


《イェシルルートのネグロの沈黙についてはシナリオライターのインタビューにも言及があります。ネグロ騎士団長は騎士という存在を民を守るものだと定義し、故に誰よりも同じ道を志す騎士たちに対して厳しくありました。

 主人公が来るまでの騎士団は団長のカリスマ性に熱狂的に彼の後を追うものと、耐えきれず脱落する者で二極化する組織だったそうです!》


(融通が効かなそうなあたりあの子らしいけど……)


《組織にしてもキャラクターにしても、欠点があるからこそ物語が映えるのです》



 その言葉足らずの応報がここに来ているのはいかがなものだと思うが。胸中で不満を言ったとしても改善する話ではない。

 戸惑った顔をしながら話を聞くイェシルの碧瞳を真正面から見据えて言葉を続ける。


「剣の腕前は確かにポール殿が上だろう。だが、それは君の鍛えようで今後如何様にも変わっていく。

 その状態で君はどうする。彼から剣を奪った身として、劣等感だけを抱えてここで生きていくのかい?」


「ヴァ、ヴァイスさん!そんな言い方……」


 アカネが戸惑った声をあげるが、ヴァイスは確かにその碧に光が点ったのを見た。優しいだけの言葉なら彼女が既にかけている。だったら自分の役割は、彼女に足りない言葉を告げることだ。


「あるいは。君の理想に近づくためにその力を自らのものとして、かつてそれを信じてくれていた相手に証明してみせるのか。決めるのはイェシル、君自身だ」


「…………!」


 彼女にも、若き騎士の表情がはっきり変わったことが伝わったのだろう。それまでは笑みを浮かべながらもどこか焦点を逸らされていた瞳が、今は唇を噛み締めてヴァイスを真っ直ぐ見返していた。


「どうすれば、いいんだ」


「イェシルさん……」


「どうすればいいんだ、ヴァイス。オレはまだ、夢もあいつとの関係も、諦めたくないんだ」


 アカネのか細い息が安堵の色を帯びるのを感じる。……視界の端にぐっと握り拳を作っているのが見えた気がするけれど、うん。気になるけど一旦置いておこう。


「証明のために重要なのは三つだ。ぶつかるための動機と環境、そして何より、君自身の実力」


「…………」


「この内前の二つなら、俺にも手伝いは出来る。けれど最後の一つは、君次第だ。剣の腕とグラディウスの力を引き出すこと。そのどちらも果たさねばならない」


 肩に留まっていた青い鳥が嘴をひらく。


《イェシルの能力上昇の手伝いは依頼の一つにもあります。ゲーム終盤ではありますが、主人公が扱う守護の術を打ち崩すための素振りで、剣との親和性を高める鍛錬です》


 守護の術は私自身も使えるが……。うん、バラッドの視線が痛いな。これ以上私が前に出るなと言いたいのだろう?


《肯定します。ヴァイスは既に大きく介入しており、このままだと救済のバランスが揺らぐ可能性が高いです》


 無機質な念押しに肩をすくめる。治癒術と違い保護の術を私が使えることは二人にもわかっているから……。


「アカネは、保護の法術はどれくらい使えるかな?」


「保護ですか?使えますが、あまり強くは……」


「そうか。ならアカネの鍛錬と合わせて進めよう。アカネが保護した防具をイェシルが砕く。法術を纏うものを砕くときに無意識に放つエーテルが、剣と呼応するように意識するように。私はその指示と、周囲への連絡調整を担うとしよう」


「……!!ありがとう!二人とも、よろしく頼む!」


 つむじが見えるほど深く頭を下げたイェシルに、アカネが慌てて手を振った。「そんな頭を下げないでください!」と聞こえてくる焦り声が微笑ましい。


「そうしたらまずは明日の朝練からやりますか?」

「だな、アカネは明日どこを手伝うんだ?」

「ええっと……」


 早速明日からの予定を打ち合わせ始めた二人。その光景を見ながら青い鳥が謳った。


《正直なところを言えば、打ち倒したとして影響している理由バグが分からなければ意味がないかもしれません》


(分かっている。それについても合わせて周囲から情報を探していこう)

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