第21話 朝礼と昨夜のこと


 必要なこととしてイェシルに伝えていた三つの条件。

 そのうちの動機と環境については既に水面下で動きを終えていた。


 朝の身支度を終えた後の、騎士たちの一斉朝礼でツィルハネ師団長が声を張り上げる。


「お前たち!今日は遠征訓練の二日目だ。これまで各地で順にやってきた訓練だが、今回特例で一部内容を変更する!」


 ざわめきが下位の騎士たちの間に広がる。突拍子もない変更とあらば、不満も当然出てくるだろう。だが彼らが門戸を叩いた要因を考えれば、受け入れられるだろうという自信もあった。


「ぶっちゃけだ、一騎当千。お前ら全員とネグロ騎士団長がぶつかって、大抵の場合は一方的にボロクソにされる戦いについて、お前らとしちゃあしんどくねぇか?」


 それにしてもぶっちゃけすぎだ。

 後方にいる騎士たちのうちの幾人かが不満を口に出しているぞ。決めた側が言うなと。

 それに気づいていないわけがないだろうに、師団長は話を進める。


「憧れの騎士団長と戦えるっていやぁ聞こえはいいが、所詮は有象無象の一つとして薙ぎ払われる。……ここで重要なのは、有象無象としてってところだ。

 お前たちの多くは望んだはずだ。願ったはずだ。いつかはあの、とんでもない力を持つ俺らのトップにその力を認めさせたい、そう思ってるやつの方がごまんといるだろ?例えば今は敵うことなくとも、一矢報いることでその力を示したいと願うだろう?」


 雄々しい声に、空気が変わる。

 バラッド曰く、今騎士団に残っているものの多くがネグロに熱狂的な感情を抱いているものたちらしい。


 だとすれば、今の言葉は正しく的を得た言葉なのだろう。野心ある者ならば誰しもが、彼に目をかけてもらいいずれは片腕となることを望んでいる。

 ──かつて、ネグロ自身がそうあることを望んでいたように。



「故に、だ。今回の一騎当千はルールを変える。模擬戦にて特に優秀な成績を収めた五名のものに、ネグロ騎士団長と相対することを許そう!!屠られる有象無象ではなく、一人の勇士としてかの団長にお前たちの姿を見せるがいい!!」


「「「「うぉぉおお!!!!!」」」」


 歓声が上がる。

 騎士たちを鼓舞する腕は相変わらず見事だ。彼らからすればいずれにしても負け戦となることの多い一騎当千を、ネグロの視座に入るというその一言で食いつかせるのだから。



「いやぁ、気持ちのいい返事だな野郎ども!提案を聞いた甲斐があるってもんだ!」


 ツィルハネ師団長がこちらに茶目っ気混じりのウィンクを飛ばしてきた。昨日の夕食の席で話したことが脳裏によぎる。



 **



「それにしても、ネグロ殿の騎士団内での人気はさすがですね。聞いた話でも、彼に助けられて門戸を叩くことになった方が大勢いらっしゃるとか」


「……あの方がいればそうしたであろうと思ったまでのことをしただけだ」


「ヴァイス皇太子殿下はそうさなぁ。あの方がもし皇帝になってりゃ、間違いなく出兵を我らに命じたものだろうよ」


 師団長の言葉に思うところはあるが……果実水を一口飲み込んでからそれでは、と口を開いた。


「一騎当千でしたか。あちらの演習は皆意欲高く参加されていらっしゃるのでは?なにせ憧れと直接対峙する機会なのでしょう?」

「う〜ん……それがはじめてすぐは良かったんですがね。ぶっちゃけうちの団長が強すぎてお話にならねぇって言いますか……」


「…………」


 ネグロの眉間にシワが深々と刻まれる。その胸中が薄らと察せられて思わず苦笑した。


「何十人が一気にかかってきてもまとめて薙ぎ払うくらいの勢いだし、魔法ありにしてると大隊単位で秒殺だからなぁ、ぶっちゃけ」


「……そもそも連携の取りようがなっていない状態で束になってかかること自体が間違っている。連携戦の訓練をもっと早期に取り入れるべきでは?」


「団長の言いたいこともわかるが、基礎がならねえ内に連携を入れたところでな。隊列や戦略の話はしてるが実際の戦闘時となりゃあ出来ても三、四人単位がせいぜいだ」


「……なら、いっそ少数での戦いにしてしまえばどうでしょう」


 私の言葉にツィルハネが大きく口を開けて笑う。


「なっはっは!正気か?全員で束になってかかっても手も足も出ないってのに、数人でってなったらもはやイジメだ」


「全員で取り掛かってもほとんど敗北が確定しているのでしょう? でしたら、箔付けのための機会と思えばいいかと。直接指導を受けて誉れの言葉を他でもない自分に言われるかもしれないとあらば、ネグロ殿の人気を思えばいけるかと」



「……成る程。全体への対魔法戦の位置付けとしての在り方を捨てるのならば考えても良いですね。

 練度の低い騎士が騎士団長に立ち向かった結果の治療も馬鹿にならないですし」


 横から賛同してくれたのはユーリス秘書長官だ。騎士団の出納を一手に担う存在として、頭を悩ませる種だったのだろう。


「勿論、その立ち位置に変わることをどれだけ肯定的に皆が受け止められるかはツィルハネ師団長様次第ではありますが、試してみる価値はあるかと」


「ふーん……面白そうだし、ユーリスに睨まれる案件を一個減らせると思えばありかもな」


「はん、そもそもあなたが脳の筋肉に任せた突撃をしなければいいのですよ。あれでどれだけ備品を無駄にしたと……!」


 秘書官は有能ではあるが、一度熱が入ると収まりにくくなりがちだ。話が熱くなる前に第三者がそらした方がいい。少し離れたところにある大皿に手を伸ばす。


「備品庫に今あったものは先ほど保護の術をかけてきたので少しは軽減できるといいのですが……ユーリス秘書長官様もよろしければ」


「ん」


 キンジンとナバナのテリーヌを差し出せば、一瞬の戸惑いを見せたものの素直に受け止められた。あわせてブドウの蒸留酒を手にとって確かめれば、眉間にシワをよせながらもグラスをこちらへと傾けられた。


「……よく周りを見ていますね、あなたは。なぜ私がテリーヌを選ぼうとしていたと分かったので?」


「主食の肉類にあまり手をつけられていらっしゃらなかったので、特有の匂いが苦手なのかと。こちらのテリーヌは独特な臭みもうまく抑えられていましたし。エールよりは蒸留酒の方が合うでしょう」


 以前より個人としての好みを知っていたこともあるが、あくまで観察の範疇でわかることだけに留めた……つもりだ。隣に座るネグロからの視線がやけに突き刺さるが。視線の動きからおおよその好みを推察するくらい誰でもやるだろう?


「ほう……。ところで、あなたはあの聖女の元で手伝いをしているのでしたか」


 唐突に変わる話。そもそも何故ユーリスがそれを知っているのだろうか……?疑問に思いながら首を縦に振ると、「ああやはり。ネグロ殿が気にしていましたからね」と複雑になる答えをもらう。


「いくら聖女とはいえあんな娘一人の手伝いをするのにあなたは役不足では?もっと上を目指せるでしょう。騎士団うちの後方支援隊に正式に入りません?どうにもうちには気の利かない男どもが多くて……」


 ……熱をそらすはずが、別の方向に熱が入りはじめたな?


「い、いえ。今の役割も十分やりがいを感じていますし……」


 助けを求めるようにネグロへと視線を向ければ、真面目な顔つきで「なるほど……ありかもしれないな」などと頷く始末。納得しないでほしい。


「団長の合意があるなら話は早い!」


 まずい。このままだと所属が変わる羽目になりそうだ。今でさえ距離が怪しいというのにこれ以上深入りするわけにはいかない。


 教会への義理とアカネをサポートすることによる国全体の利益についての説得を重ねて。今はその意思なしと見逃されたのは夕食の席の終わる寸前だった。

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