第19話 月の形容するもの


(はぁ!?!? 私が知らない間にどこまでネグロ様と新キャラヴァイスさんの関係性は進んでるんですかぁ!?)


 イェシルとポールの仲を修復させよう作戦の続きについて、ヴァイスから夕食後になってしまうという話を聞いて真っ先に浮かんだ感想がこれだったのは許してほしい。


 本音をいえば椅子かテーブルか天幕になって二人の食事の会話を聞きたかった。聖女のスキルより壁になるスキルが欲しかったんですがと女神様に不敬ながら思ってしまったくらいに。



 でも今となれば、そんな思いはすっかり引っ込んでいる。だって。


「……なあ、ヴァイス大丈夫かな?」


「ネグロ騎士団長とユーリス秘書長官に挟まれてツィルハネ師団長が飲みもん注いでるぜ……」


「何だよその地獄の布陣……」


 新人騎士なら、いや新人でなくとも誰だって泣いて嫌がる面々だ。密やかなさざめきが伝播している。



 ネグロ騎士団長は余計な口出しはしないが、鋭い視線と圧をあれだけ向けられるだけで常人なら萎縮せざるを得ない。

 ユーリス秘書長官があの中では最も饒舌だ。詰問のような聞き方と、少しでも気になる点があれば徹底的に追求するその鋭さは、歴戦の騎士すら裸足で逃げ出したくなる。

 ツィルハネ師団長は最もとっつきやすいが、その分酒癖も悪い。ガサツなようでいて直感が鋭いからこちらの弱いところを的確についてくるから他二人と一緒にいると途端に恐ろしい存在となる。あと酒癖が悪い。


 この三人を筆頭に、騎士団の中でも特に中核にあたる人たちが集まっているテーブルに彼はついていた。


 ゲームの中で主人公が同じようにネグロに誘われて食事を共にするイベントがあったはずだが、その時には残る二人はいないか、あるいは順番に登場していたはずだ。

 それをまとめていっぺんに? ちょっとご遠慮被りたいですね……。



「あ、すご……ユーリス長官に酒注いでる」


「あの人手酌でしか酒飲まないって有名じゃん!? すご……。ツィルハネ師団長が追加の飲み物っていうか酒注ごうとしてるのもうまく流してないか。あれ……」


「いや、一番ヤバいのはあれだろ、ネグロ団長。普段より眉間のしわの本数少ないていうか、表情やわらかくね? あんな顔できるんだな……」


「えっ、すご!? 今あのユーリス長官も笑ってなかったか!? あの人表情筋あるのか……」


 訂正。やっぱり天幕か近くの支柱にくらいはなりたかったかもしれない。一体どんな会話をしてるんですか!?


 後方支援部隊の夕食は遠くの天幕を全員が意識したまま、意図しない方向でヴァイスさんの株が天井登りしながら終わりました。



 ◇



「ヴァイスさん! え、ええと……先ほどの食事会は、大丈夫でしたか?」

「? ああ、色々と騎士団についての有意義な話ができたよ」


 食事を終えた彼がネグロ騎士団長に挨拶をして、こちらに歩み寄ってくるのに駆け寄る。こちらの不安をものともせずにいつも通りの穏やかさでそんな風に言ってのけるのだから底が知れない。


「有意義な話……ですか?」

「うん、今の騎士団の方針についての各人のご意見を賜る機会でもあったし……イェシルに話をしに行こうか。彼に話をする許可は得たし、この知らせは彼にとっても関係がある話だから」


 そう言って、騎士たちが休む天幕へと向かおうとするヴァイスの手首を掴む。進もうとしていた足は止まり、不思議そうにこちらを振り返る。……が、そんな顔をしたいのは私の方だ。


「アカネ?」

「当たり前のように戻ってきてさくさく話進まれてますけどさっきの光景なんですか!? 見てるだけでも緊張したんですけれど!」

「そ、そうかい? すまない……?」


 なぜ私が声を荒げたのかも分からないように戸惑いながら、形ばかりの謝罪をされる。うう、分かってるんです。これが半分八つ当たりめいてることくらい。


「……心配したんです。だってヴァイスさんは記憶も何もないのに、いきなりあんな凄い人たちに囲まれて。なのに萎縮しないで……。よくそんないろんなお話を聴けましたね?」


 名前補正があるにしてもとんでもないチート具合だ。それこそ、ゲームの中で話だけは散々聞いている元皇太子様その人くらいの力はありそうなほどに。


「あはは……まあ、私の場合詳しく知らないからこそ物怖じしていないのはあると思うけれど」


「私だって全然詳しくは知らないですよ………知らないからこそ怖いんです」


「うん、でもきっとそれは彼らも同じだろう」


 同じという言葉に顔をあげる。私とそう歳の変わらない顔立ちは、けれどもとても大人びて見えた。


「彼らだってはじめて関わる相手なら殊更に、振る舞いや会話の内容に緊張をするものだ。彼らの場合は目上として、責任者としての立場があるから特にね」


「たしかにそう言われてみればそうかも知れませんけれど……」


「ならお互い様だ。それに、知っているかい? 人というのは基本的に力を借りたものではなく、力を貸した者へより強い好感を抱くものだ」


 いつもの柔らかい笑みを浮かべて、当たり前のように言ってのける。温和な表情であるはずなのに、幾千もの戦場を潜り抜けた戦士のように深い瞳をしていた。


「認められたい、力になっていることを実感したいと望む心は誰にだってあるものだ。なら、それをうまく突いてくすぐってあげれば良い」


「…………っ、」


 唾のなる音がやけに耳につく。

 話をしている間彼の表情は大きく変わっていないはずなのに、瞬きひとつで歳の変わらない青年へとそれは変わる。


「まあ、やり方次第では逆にあざといとか嘘らしいと言われる手法だし、アカネなら意識しないで心の向くまま振る舞ったほうがいいとは思うけれどね」


 さあ、イェシルの元へ行こうと促されてもしばらくの間、私はそこから動けずにいた。


「……怖い人ですね、ヴァイスさんは」



 何もかもを知った上で、見透かす真白の月のようだ。



 そう呟けば、青い瞳を瞬かせた彼は瞳を細めて「そうかな?」と微笑んだ。

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