第10話 嬉しい誤算と未解決


 本音をいえば、アカネはヴァイスに提案をした時、大きく期待をしていたわけではなかった。

 では何故仕事を手伝って欲しいと頼んだかと問われれば答えはひとつ。


 彼の顔がとても美しいものだったから。


 銀の髪に青の瞳。物語から抜け出た精霊のような姿を見て、アカネは直感したのだ。


 きっと彼こそが、リメイク版で新規追加された攻略対象に違いない!!と。


 ヴァイスという名前は現皇太子の亡き兄と同じ名前だ。キャラ名の使い回しがない限りは制作側にも何か意図があるのだろうが、考察派ではなく目の前のありのままをおいしくいただくアカネにとっては、そこはさほど気にならない。


 重要だったのは、彼が他の攻略対象たちとどんな風に絡んでくれるのか!!


 イェシルと並んで食事をとる光景はイケメン勢揃いのスチルか?と思うくらいには眼福だったし、面倒見のよいイェシルと穏やかながらも審美眼の一端を見せたヴァイスに内心悶え倒していた。

 名前を元に皇帝や騎士団長とも一波乱あってもおかしくない。そんな機会を逃すわけにはいかなかった。


 攻略対象なら今後もイベントは必須だし、そうでなくとも近くにいてくれれば萌えの材料としては十分すぎる。腐女子とは、無に近いささやかな交流の一端からでも有を。又の名をSSやイラストや漫画や妄想を生み出せる生き物なのだから。




 だから、本当にこれは嬉しい誤算だった。


「ヴァイスが教会に世話になってもう三日か。アカネから見たあの人はどんな感じだ?」


 今朝方依頼をした騎士団の怪我人の治療。その完了報告を受け取りながらイェシルはアカネへ尋ねる。気にかけてくれることに人としてありがたい気持ちと腐った身として萌え転がりたくなる気持ちが混在するが、返事は決まっていた。


「すっっごい頼りになります。並行処理能力……っていうのでしょうか。たったの数時間で気がついたら書類仕事が終わっててお部屋も片付けててお茶を出してくれて次の依頼の候補で良さそうなものを選んでくれてちょっとミスしたかもって思った依頼主さんのフォローもしてくれてるんです」


「ヴァイスひょっとしてオレの知らないうちに分裂でもした?」


「私の目に見えてないだけでしてたかもしれません……」


 当人がいない状況のため、ヴァイス分裂説に否定が訪れることなく話は進む。


「本当に一家に一台ヴァイスさんという感じで、執事さんと事務さんと経理さんとその他もろもろがいる感じと言いますか。お願いしてた仕事が一通り終わったので、私が作ったポーションを折角だから相談所に置かせてもらおうって。教会との交渉もあっという間に終わらせて、依頼の受付とお店番を兼ねてお仕事をしてくださってるんです」


「はえ〜……良いやつっぽそうとは思ってたけど、滅茶苦茶優秀な人なんだなぁ」


「ええ。期間を区切って構わないってヴァイスさんにはいいましたけど、よければこの際の活動の時にもいてほしいくらい!」


 彼が攻略対象なら首を縦に振ってくれるだろうか。あるいは、あらかじめ好感度をあげておいた方がいいかもしれない。好きなものはあるかな?


 つらつらと考えていれば、返事がないことに数秒ほど遅れて気がつく。

 顔を上げれば、イェシルの視線が彷徨っている。普段ならそんなことないだろうに。


「…………イェシルさん?」


「っ、悪い。いや、二人とけっこう仲良くなった気がしてたから。……ちょっと寂しいなー、って思って」


 笑い飛ばすような調子で頬をかくイェシル。……アカネは脳内で手を合わせた。すばらしい供給をありがとうございます。

 友だちが仲良くしているのは嬉しいけれど自分が仲間外れになるのは寂しいし遠くにいってほしくないというのは広義の独占欲だと思うので。これはフィルターのかかった視界です。


「ふふ。心配されずともまだ先ですよ。……ここの滞在も、予定より伸びそうな気がしてますし」


 本来ならもっと貯まっているはずの名声が足りないのだ。このままのペースだと他の場所に移動しても何の依頼も受けられないということにつながりかねない。


「それはそれで心配だなぁ……大丈夫なのか?」


 口では大丈夫と返しながらも暗雲が胸中を渦巻く。推しが見れなくなるような一オタクの嘆きとは別の危機感がそこにはあった。


 このままのペースだと間に合わない。

 そうなったら私は──最悪死ぬかもしれない。

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