第11話 バラッドくんの楽しいゲーム解説

 世話になり始めて三日目。アカネから与えられる仕事そのものはとても簡単なものだった。

 任せられた仕事は一通り早々に終え、今は教会の内部の聖女のために割り当てられた相談所に待機をしている状態だ。


 過去の依頼の内容を整理することで、バグとやらが発生している影響が何か見えてくるかもしれない。アカネが仕事で出ている間に、把握できるところはしておくべきだ。


《皇太子殿下として国中から上がってくる嘆願書や自ら福祉政策の起案と状況把握と改善案をまとめていらっしゃった人からすれば、一人分の活動内容をまとめて今後のスケジュールを立てるなんて赤子の手をひねるくらいのものでしょう》


「そういうものか……」


 訂正。

 客観的には私の以前の仕事量が異常なだけなようだ。

 ……そこまでだろうか?


《肯定します。そもそも皇太子として選りすぐりの教育を受けて幼い頃から政治に関わり高い評価を得るなど、常人には不可能です。本来ならあなたが受け持っている仕事量なら定時が終わっても帰れずに残業を……うっ、頭が》


 自信満々にバラッドが言うのだからきっとそうなのだろう。定時とか残業とか、聞きなれない言葉が聞こえてきたけれど触れていいのだろうか……?

 両の翼で頭を抱える仕草をするバラッドにかける言葉を考え、最終的に話題を変えた。



「とはいえ……頼まれごとを片付けているだけでいいのかという心配はあるな。バラッド、そもそも今やっていることはゲームではどんな意味合いがあるんだ?」


 知らないでやっていたんですね。ゲームについて私が知ってることは多くないよ。

 そんなやり取りを交わしてから改めてバラッドが口を開く。


《聖女が行っている依頼は、二つの意味があります。一つは名声……国の人からの評価を集めること。もう一つはステータス育成のためです》


「ステータス……前に単語だけなら聞いたけど」


 棚から取り出した枠を置いて白砂を敷き詰める。人に見せない情報の整理なら数の限られる羊皮紙よりもこちらの方が便利だ。

 準備を整えて窓際に留まるバラッドへと視線を向ける。



《主人公にはいくつかのステータスがあり、そのステータスの数値が依頼の成功率や攻略対象とのイベント発生につながっているのです》


「それは重要な話だね。具体的にはどんな項目があるんだい?」


《少々お待ちください。現時点の各項目の数値を公開します》


 じじじ、とおよそ鳥が出すには似つかわしくない音がどこからともなく聞こえてくる。かと思えば次の瞬間、目の前に光がいくつも弾け、薄ぼんやりとした四角の形に固定された。四角には文字が書いてあるが、手を伸ばしても形はない。


「……すごい技術だな」

《こちらはステータス閲覧画面です。

 主人公の能力面を示す法学・芸術・運動・容姿・知識。活動パフォーマンスに影響する体調・ストレス・根性。依頼の種類や受ける個数に関わる名声・経営の十項目になります》


 バラッドの言葉を聞きながら画面を見れば、以下のように記されていた。


《経過日数》

 15日目


《能力》最大100

 法学…51 芸術…30 運動…18 容姿…54 知識…34


《活動》

 最大100。

 体力が10↓、ストレス90↑で行動不可

 体調…81 ストレス…25 根性…50固定


《信頼》最大10000

 名声…310/10000 経営…70+9999



「ずいぶんと偏りがあるな。……というか、この経営だけ数字がおかしくないか?」


 最大値が違うとは注釈されているが、+の値が明らかにおかしい。


《ヴァイスの影響ですね》

「ん?」


《ですから、ヴァイスの影響です。あなたが経営に関わることでこれだけ追加効果を得ていることになります》


「ええ……」


 それは勿論、異世界から召喚されて右も左も分からないアカネに比べれば自分の方が上なのはわかる。が、四桁。皇室教育の質の高さをこんなところで実感することになるとは思わなかった。





《このうち最もシナリオ進行のために重要なのが名声です。現時点では月に一度の皇帝陛下への報告と、教会のイベント以外で皇宮に入ることはできません》


「聖女だというのにそれしかいけないのか?」


《これは騎士団長ネグロの提言です。国を救うために現れた聖女というのなら尚のこと、皆に認められるだけの実績を積む必要があると。各地への移動の支援は騎士団が全面的に請け負っています》


 彼らしい意見だ。

 口を出したからと支援まで責任を持つところが特に。


《なお、皇宮に滞在地を固定するためには名声が五千以上必要になります》


「今はおよそ三百と考えると、全く足りないな……。そうすると今後のイベントに差し障るのか?」


《はい。ゲーム内時間の四ヶ月が経過した時点で襲撃イベントが発生します。その時点で滞在地を皇宮に移していない場合、彼女はそのまま凶刃に命を奪われます。デッドエンドで聖女を失った国は救われず、戦火が広がり滅びる流れになります》


「だいぶ致命的だが!?!?」



 世界を救うために召喚した聖女を襲撃して死なせるというのは大問題だし、国が滅ぶ可能性をやすやすと見逃せない。

 何としても名声を稼ぐ必要が出てきたが……。


「それにしても、稼げる名声の量はどれもこれも少なすぎないかい?」


 これまでの彼女が受けてきた依頼の内容一覧を改めて見下す。迷子の捜索に怪我人の治癒、芸術家へのアドバイスに自己鍛錬を兼ねた教会の学習要請。

 いずれも難易度は高いものではなく、今の彼女なら危なげなく受けられる範囲の依頼──だが、本来ならもう少しくらい評価をもらえてもいいのではないだろうか。


《はい。本来発生する名声よりも明らかに少ない数値となっています。そのものがバグというよりは、バグが発生した影響と推測されます》


「私が目覚めた時のように?」


 だとすると放置しておいたら名声が上がることもなく彼女は死ぬ。そして国も滅びると。……冗談ではない。



「そうすると当面は名声が稼げるような手段を探しつつ、その要因を探るべきか」


《はい。この街で依頼の難易度が少なく比較的効率的な依頼は………、……》


 依頼内容の分析もしてくれるのは助かる。返事をしようとしたところでバラッドの言葉が止まる。それに合わせて目の前に浮かんでいた光たちもあぶくのように消えた。

 どうしたのかと青い鳥へ視線を向ければ、細く開いていた窓から飛び立ってしまった。


「バラッド?」

「────失敬。誰かと話していたか?」


 聞こえてきた低い声に身体が強張る。

 皮肉なものだ。以前はこの声に全幅の信頼を置いていたというのに。


 ノックもないまま開いた扉の向こう側から、真っ赤な髪がのぞいた。


「……独り言です。お気になさらず。いらっしゃいませ、ネグロ殿」

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