第3話

もう11月も中旬だ。青年が20歳になり、猟銃を初めて握った日から、ほぼ1年が過ぎた。彼しか置く者もいない菊を今日も1束。


「今日は必ず。」


青年はあれから毎日、毎日。雨風の強い日は除いて山に登った。そして毎朝にたった1発だけ装填する銃弾を鹿や猪の体内に埋めて終わる日が1年間も続いた。もうすぐ熊は冬眠のシーズンに入る。手段を選んではいられない。青年はこの日初めて5発の弾を飽和させ、季節外れの台風が直撃している山の中へ出発した。


1弾だけ装填して出発する普段とは違い、今の青年には遭難を厭わず歩を前に進める蛮勇があった。だが猟師歴1年の若造が熊の寝床を探し求めて道のエリアにも踏み込んでいたら迷うのは当然だった。しかし、それは油断ではない。決して、第5の矢まで万全に装備した弊害ではない。彼には覚悟があった。


そもそも青年は、1年間ずっと熊を恨んでいたわけではない。大学に通っていない青年は村の農業を手伝う元気な若者として重宝されており、村人は明るく振る舞うの彼のせいで、彼の父親のことを忘れていった。


「よくあることだ。お前もさっさと忘れろ。」


仇を討てと青年を煽る者はいなかった。「忘れろ」と、皆がそう言いたげであることを彼は気づいていた。もう終わりにしないと。そうして膝までを覆う草むらの中を進んでいる間、雷鳴が3度も連続して鳴った。


青年は熊の気配を感じた。他の狩人が獲って来たばかりの毛皮の臭い。足音を止めて、周囲を見渡す。熊を捉えた。まだこちらに気づいてない。彼は遠ざかっていく熊の尻に標準を合わせる。熊は的だ。的は熊だ。脚は地面に垂直にしたまま腰から上だけ前傾にする。右足を下げて肩幅に開き、発砲の方向に対して半身で、膝は曲げる。


銃声と痛みで翻った熊の目が青年を捉えた。怒った様子で彼に迫ってくる。距離は70mくらいか。左尻に命中したようで走りは想像よりもずっと遅い。スコープを覗きつつ空の薬莢を排出。若熊は体幹がブレず、撃ちやすい。弾は熊の脳を貫いた。突然バランスを失ってスリップし、転んだきり動かない。彼は冷静に待った。5分、10分しても動く気配がないのを見てようやく近づき、もう1弾を開きっぱなしの熊の口に撃ち込む。これでよし。彼は時計を確認した。時刻はもう5時になろうとしている。


コンパスで方位が分かっても、現在地が分からないと無意味だ。だから青年は撃ち獲った熊の足跡を辿る。熊の進行方向とは逆に遡っていけば、秋が終わるこの時期には冬眠穴にたどり着ける。雨風を凌げる上に、家主を殺したことでそこは彼の縄張りも同然となり、他の熊が寄り付かない森の中で最も安全な場所になる。残りの弾は2発。彼は疲れ果てた身体を、落ち葉が積まれた天然のマットの上に雑に投げ出して寝る。

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