第2話

「そりゃ、お前の父親は食われたな。」


山から独りで逃げ帰り、玄関先でうずくまっていた青年は猟友会の面々に保護され、山での事を話した。


「これはまずいな。」

「人を食った熊は味を覚えちまう。」

「できるだけ早く処置できるといいんだが・・・」


みんな父へのお悔やみは淡白に済ませて葬儀場の座敷の上に背の低い机を並べ、この部屋はすっと議場の雰囲気に切り替わってしまった。


「いい機会やないか。」

「そうやな。青年の猟銃デビューや。」


明らかに青年のことを議題にしているのに、討論は彼自身の言葉を全く聞きもしないで進んでいく。彼にもやもやと溜まる不安を口にするタイミングもなく、うつらうつらとうつ向いている間にいつしか眠ってしまった。しばらくの暗闇の後、前髪を引き上げられた痛みでうとうと浮き上がる彼に、議長の爺が銃口を向ける。セーフティが外されているのを見て彼は完全に覚醒した。爺は笑って


「安心しろ。中は空だ。」


ごとっと青年の席の前に銃を置いた。


「これがお前の猟銃だ。」


父親が使っていたのと同じ、豊和M1500。


「・・・俺の、ですか?」

「そいつは今までのとは大違いだぞ。」


微塵も話を聞いてくれない爺たちに追い立てられ、射撃場に連れられた青年は、そこで初めてライフルを手にした。持ち上げ、構えて、重いなこれ。青年が今まで使っていたのはエアライフル、圧縮空気で弾を発射する、いわばおもちゃの鉄砲の延長線である。それとこの銃とは全然違う。重さも、操作も、責任感も。


「緊張してるのか。」


チャージングハンドルを引いた青年に、爺は1発だけ弾を渡した。これも重い。この鉄の塊が、手元から発射されるのだ。反動をうまく受け止められないと、最悪首や肩あたりの骨が折れる。銃口がぶれぬように固定する意識と、既に強ばった身体の乖離に戸惑ってもたもたと、いつまでも構えが作れない。


痺れを切らした爺が青年の後ろに立ち、


「父親の仇を取ろうなんて考えるなよ。」


そう青年に告げた爺は、彼に姿勢をレクチャーする。もっと前傾だ。いや脚は地面に垂直。腰から上だけ前傾にしろ。足を肩幅に開いて、利き手はどっちだ。右か。じゃあ右を少し下げて発砲の方向に対して半身。膝は曲げろ。それでいい。


「それで銃の持ち方は・・・?」

「お前の父親は何を教えとったんだ。」


銃床。銃の尻の太い部分を頬に当てろ。もっと深くだ。そのまま腕を引いて銃の尻を肩に密着させろ。


「こ、こうですかね。」

「撃ってみろ。」

「じゃあ、撃ちます。」


返事は返ってこない。そのせいで撃ってもよいものかと彼の中に迷いが生じた。迷うと姿勢はわずかに崩れる。彼は構え直した。それが数回繰り返された。


「早く撃て。食われたいのか。」

「はっ、はい!あっいえ!」

「喋るな。姿勢が乱れる。」

「・・・。」

「あの的を熊と思え。」


爺にそう言われた青年は、議場で銃口を向けられた時と同じ危機感で身震いした。目の前に熊がいる。そう思うと生き残るための力が身体の奥底から沸いてくる。沸かないといけない。


どんっっ!!


銃弾は的の真ん中、図星を撃ち抜いた。青年は柵の上に銃身を静かに置き、興奮した表情で振り返る。


「獲物から目を離すな。」

「す、すみません。」

「もう1度、撃て。」


置いた銃を取り直して的に向けて構え、今度は爺の補助なしで挑戦。この銃は最大5発装填できる。1つ銃弾を入れ、2つ目を取ると爺が彼を叱って言う。


「相手は熊なんだぞ。2発目はない。」


実戦ではきっと、チャンスは1発しかない。その言葉に心が引き締まった青年はすっと構えてショット。銃床が彼の頬と肩を押し、また熊が撃ち抜かれた。


「お前、親に似て筋がいいな。」

「ありがとうござ

        い

         ま


気が緩んだ青年はその場に腰を抜かしてしまった。今までの相棒だった空気銃が如何に玩具だったか。猟銃の反動で建物が壊れたかと思うほどだ。こんな代物を人に向けるなど、到底できない。


「お前、そんなんで熊を獲れるのか。」

「はい。獲れます。獲って見せます。」


青年は立ち上がった。そしてライフル弾をぎゅっと握る。装填し構え発砲。


だんっっ!


また図星。爺は静かに頷いた。

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