第26話 聖女と親衛隊

ー聖女視点ー


「危なかった。」


心の臓を撃ち抜かれ、普通に死ぬかと思った。死ぬ気で神聖魔法を鍛え続けて助かった。しかし相手にほんの少しでも余力が残っていれば完全に死んでいた。


「起きろ。」


今は驚いている暇はない。一番軽症なボロボロの仲間に蹴りを入れ無理矢理起こす。彼らが起きる前に全部終わらせなきゃならない。そうしなければ被害は最悪なモノになる。


「全身がクソいてぇ。あのアマ…。」


私から見てまだ動ける奴だが奴も大怪我していることに変わりない。指は変な方向に折れ曲がり、彼方此方の肉が削ぎ落とされていた。ただそれでも死んでないのだから流石は私が剣と神聖魔法を直接教えた聖騎士だ。


「恨むのは後、とっとと動け。冗談抜きで教国どころかこの大陸の全生物が滅ぼされるぞ。」


「くそ、あの女王さえ居なければ…。」


「多分それも無理だと思うぞ。彼ら女王と同種だし選ばれし者の証もあった。更には加護持ち。あっちがこっちを最初から皆殺しにする気なら多分出来たぐらいには実力も潜在能力もかけ離れてる。それにあの話は本当だろうし警戒するに越した事はない。」


実際シルフらが同胞の救出を優先せず殱滅に専念していた場合普通に負けている。前線を張れないシルフ1人に壊滅させられているのだから当然と言えよう。


「あー、例のあれか。精霊が世界を見捨てし時代理人が現れる。赤の代理人が憤怒に駆られし時世界は燃え生命が絶たれる。青の代理人が嫉妬に狂いし時海は荒れ洪水が起き地が沈む。緑の代理人が呆れ返り深い眠りに着く時風は止み植物が腐り枯れる。茶の代理人が飢え地を食らう時世界の財宝は価値を失い星は長い眠りに着く。あんなの信じてるんですか?」


因みにこの話は要約されているが聖書の最終章である終末と回帰の章に記された物である。


「信じるも何も物証が出ている以上それが現実よ。どの国どの地域からも同じ年代と思われる地層からガラスが検出されてる。これが示すはこの時代に大陸全体が超高温に晒されたって事。隕石だとここまで広範囲高温にならない。隕石でこの規模なったら星が崩れて私らは生まれることもなかったはず。それにその伝承が嘘だったとしたら私らは何のために奔走してると思ってる訳?つべこべ言わず動け、本当に時間ないんだから。」


「はぁー、本当損な役回りだ。恩を仇で返され敵を治療しねぇーとダメなんてな。」


はぁーと大きな溜息を吐くやつを睨みながら再び指示出しをして急かす。事は一刻を争うのに呑気な事をされると困るからだ。


「いや、お前のレベルだとそこで伸されてる仲間治すのがやっとだろ。カッコつけんな。身の丈に合った行動をしろ。」


「いや、俺も流石に臓器は無理ですよ!?」


「傷は臓器まで届いてない。精々筋肉が少し削れた程度だろ。」


「いや、簡単だろ?みたいな顔されましても俺らの本業ただの騎士だぞ。多少神聖魔法齧っただけの男共はあんたの護衛に過ぎねぇんだよ。当てにされちゃ困る。」


「じゃ見捨てるのか?私はあっちをどうにかしなきゃだし見ての通り心臓潰れてるからこれも治さなきゃいけない。私が治し終わってからだと遅いかもしれない。完治させろとは言ってない。私が見るまで持たせろって言ってるの。」


「いや、俺も割と重症ですよ?」


確かに重症ではあるが私よりは遥かにマシだし、他の奴と比べると比較的軽症である。恐らくだがあの女が少年が倒れたことに気づいて中断したのだろう。


「それでも一番マシでしょ。あとあの女は拘束しといて。多分起きた瞬間こっちが潰される。」


「仕方ねぇ、俺としてもあのアマには関わりたくねぇからな…。」


私は遠い目をしている奴から目を逸らし一番の重症者である少年の治療にあたる。出血量から見て既に致死量であるが普通に生きてはいるためまだ間に合う。


「自分でつけた傷を自分で治すとか私は拷問官か何かか?」


傷口を繋げながら治す。正直心の臓が無い状態でそのような精密作業をするのは厳しいがやらなきゃ詰む。少年の傷は臓器に達しているし、出血量もヤバい。


「傷を塞ぎ炎症を治し不足分の血を精々させる。やる事はこれだけなのに魔力が足りないかもしれない…。」


死にかけでも対話可能であった事から体力自体は余っていると見て問題ない。そのため血の生成には耐えれるだろうが臓器の再生には痛みを伴うため意識を取り戻し戦闘になる危険性があるのも懸念すべき点である。


「強制麻酔みたいな便利な魔法があれば良いんだけどそんな物無いし…。このまま昏倒した状態で居てくれないと治しきれない。」


臓器の再生を痛みなく行うのは私レベルの神聖魔法使いでも不可能であり、そもそも強制的に本来治らない細胞を無理矢理分裂させ修復している以上痛みは発生してしまう。それも大の大人が失神するレベルのモノが…。


「そうは言ってもやらなきゃ死ぬし、この少年に死なれると詰むからやるしかない。どんな悪評がつこうが死よりはマシな状態に持ってける筈。」


そう自分に言い聞かせながら神聖魔法を行使する。


「…痛みに強い耐性があるのかそもそも血液不足で意識を戻しようが無いのか分からないが助かった。取り敢えずの応急処置は済んだ。あとは血を生成させ血液不足で死ぬことがないようにすれば助かりはするか。」


取り敢えず一命は取り留めたため、自分の心の臓を治しにかかる。既に魔力は既に心許ないが足りるか?


「ぐゔぅ゛。」


足りてない。完全には修復できてないが死亡までの猶予は出来た。国に戻り治療するには十分な時間は稼げた筈。


「そっちは持ちそうか?」


「なんとか持たせますよ、このまま撤収で?」


「この2人は連れて帰る。人攫いと変わりないがこの2人は世界存続の鍵だ。女王との交渉でも使えるだろうし女の方は厳重に拘束しとけ。」


女は既に厳重に拘束されていた。それだけ警戒していると言う事だろう。


「あいよ。男の方はどうします?」


「女ほどの力はなさそうだし普通に拘束すれば動けないだろ。それに死なない程度にしか治してないから起きても貧血で動けないだろうし然程警戒する必要はない。ただ何度も言うが女の方は絶対に動けない様にしろ。あれは獣の類だ。」


「わかってますよ。俺としても猟奇的な目で見られながら肉を削ぎ落とされるのはごめんだ。」


「馬は…生きてるな。今回は馬使い潰して最速で戻る。私はこの2人を持って行くからお前は残りをもってこい。適当に固定すれば3ぐらい荷物として持っていけるだろ。」


「この商団らの証拠などは?」


「いらん。今はそれよりこの事実を報告し上に指示を仰がねばならん。」


「他のエルフらは?」


「放置。どこかに消えたし彼らは森の民とも呼ばれる程の狩猟民族だ。生傷とかはついてなかったし生き残れるだろ。」


さっさと荷物を纏めると私らは急いで祖国へ向かった。

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隻腕少年は故郷を目指し直走る 夜椛 @HIMAZIN_63

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