第25話 決着

僕が朦朧ながら意識を取り戻すと斬った奴に向けて弓を構えていた。ただ、血を失い過ぎたためか身体に力が入らない。矢を咥え引くのは相当な力を使うため中々矢を放つことが出来なかった。


「待て、私らはお前の敵じゃ無い!!」


「斬って来た相手なのに何言ってるの?己が娯楽のためだけに同胞を捕え尊厳を踏み躙り弄んでいるお前らが敵じゃ無ければ誰が敵になりうる。敵は殺さなければならない。お前らの様な外道の肉はいらない。食べて穢れたら困る。骨も残さず焼き尽くし、自然に還ることも許されず、誰かの役に立つ事もなく地獄に堕ちろ。」


次の瞬間再び姿が見えなくなる。ただ、その手は一回見てる。弓を下ろし的確に首に回し蹴りを当てる。見えない程の速度で迫ってる者に攻撃を合わせればその破壊力はとんでもない事になる…筈だった。


「手応えが無い?」


消えたタイミング的にスカの筈が無い。さっきとは別の種があると見るのが妥当か。

僕は目を使うやめ音に全神経を集中させる。物理的に存在している以上認識出来ずとも音は鳴る。その音から現在地を予想し潰す。恐らく時間的猶予は無い。


「そこだ。」


シルフの手により放たれた矢は健康時とは比べ物にならない程遅く威力も無かったが完璧な軌道を描き狙い通りの場所を破壊した。



ー聖女視点ー


これ以上動かすのは不味い。あの少年はかろうじて死んで無いだけで死に体だ。助けるには私でないと間に合わない。仲間も心配だが今あの女王に敵対されると最悪な被害が出る。私含め精鋭5人が死に絶える方がまだマシな未来に繋がる。何を切り捨てでも1000年前の悲劇を繰り返す訳にはいかない。

少年はふらついていて目も閉じているが目が死んで無い。矢を口で咥え狙いを定めている。…何故?私がつけた裂傷から見て右手で引いた方がまだ力が入る…。


(隻腕!?それであの実力!!?女の方は完全に化け物だと思っていたけど、この少年も異常だわ。神話の存在とは言えあり得る話なの!?)


この事実に気づいたのが致命的な隙になった。いや、動揺して感情を見せたのが悪いのかもしれない。

次の瞬間には既に私の心の臓が貫かれていた。



ーシルフ視点ー


「血…流し過ぎた。」


何も感じないため不死身の化け物を殺せた確証が無い。普通は意識を取り戻したその瞬間に急いで止血しなきゃいけなかった。だけど、あの化け物がまだ生きていてウンディーネも救出か他の相手をしている中そんな余裕はなかった。


(お人好しは損をするって書いてあったけど、僕はその部類の人間らしい。同胞がピンチになると毎度死にかけてるし、今回は助かりそうに無いし…。)


先程まで戦場に居た筈なのに僕の目の前に居た筈の敵の姿は無く、そこには地面のシミになった筈の祖父母の姿が見える。こっちに来てはいけないと必死に訴えているが僕自身、この身体の制御が出来ていない。


(あぁ、絵でしか見たことがない母さんの姿も見える。)


本格的に不味い。恐らく向こう側は死後の世界。あちら側に行けば確実に戻って来れない。しかも少しずつ思考が向こう側へ行っても良いと言う物に置き換わって抵抗の意思を飲み込もうとしている。僕はまだ死ねないのに…。


(ハハ、とんだ親不孝者だ。僕は貴方の命を奪って生まれたと言うのに、ほんの僅かな時間しか生きられなかった。僕がいなければ貴方はもっと長生き出来たのに…。貴方の分まで生きると決めたのに故郷に帰ることも出来ず散る事になるとは。しかもその理由が遠い血縁の同胞を助けるための犠牲なんて貴方が納得するでしょうか?)


「……君。」


(恐らくしない。同胞ならまだしも、もはや血が繋がっているのかも分からない程希釈された同胞など他種族と変わりない。如何なる目的であろうと弱者が強者に食われるのは自然の摂理。態々そこに干渉するのは同胞までで良い筈なのに見捨てられなかった。僕の今の実力では危ないと言う事は分かっていたのに…。)


「シ…君!!」


(命を賭ける程の繋がりも理由もない筈なのに…。でも僕は後悔はしていません。同胞を襲う獣を、不死身の化け物を相手に善戦出来たのだから。仮にあの化け物がまだ死んで無くても、もう死に体だろうしウンディーネが仕留めてくれる。思い残す事とかはあるけど僕に相応しい末路だったと思う。故郷の地に還る事も出来ず…。)


「シル君!!」


ない筈の右手首が思いっきり引っ張られ、頭を支配していた思考が正常に戻り肉体の主導権も取り返すことが出来た。ただそれと同時に猛烈な寒気と異常な重さが身体を支配する。


「寒い…。」


声はギリギリ認識出来るが視界が歪み過ぎて何が起きているのか分からない。少なくともディーネの声がするってことはあの外道達は皆死に絶えたか無力化されたと言うことだろう。


「血色最悪だよ?大丈夫?」


「見える?」


「全く。少しぐらい茶化さないと状況悲惨だよ?」


一応止血用の布が撒かれてはいるが傷が深過ぎて止血しきれていない。


「寒い…。」


ただこの場だとこれ以上の治療行為は出来ないため早急に近くの清潔な場所を探し縫う必要がある。別にここで縫ってもいいが恐らくそれをしなかったのは古い血が多く病原菌が舞っている可能性があり、傷口の消毒をしてからで無いと危ないと言う判断なんだろう。


「取り敢えず移動を急ごうか。そう言えばこいつら目的地の上位権力者関係らしいよ?」


「不殺!?」


ウンディーネが殺してないって天変地異でも起こったの!?


「少し拷問にかけたらゲロった。女の方は多分死んでるけど、男どもは肉削ぎ落としながら質問してって折れたから生きてはいる。色々情報得られたし放置しても獣に生きたまま喰われるだけだし問題ない。シル君に怪我させた奴の仲間なんて死んで当然地獄行きだけど、女と違って燃やす程じゃない。」


「そう…。」


意外と冷静だった。ただやってる事が過激過ぎる。このまま生きてると絶対何処かで恨みを買う。…この辺は僕がフォローしてあげないと。


「武器は奪ってるし動けても抵抗は出来ない。放置すれば確実に死ぬから安心して良い。なんならシル君の手で殺しても良いけど、その傷じゃ無理だね。動いたら死んじゃうもん。」


「…後ろ。」


「?」


ウンディーネが後ろに振り返る。そこには心臓から血を流しながらも立ち上がり動く女の姿があった。それを認識した瞬間ウンディーネはアッパーをくらい一撃で意識が飛んだ。

あのディーネが一撃で潰される程の余力が不死身の化け物には残ってたらしい。心臓を破壊して動かなくなった筈なのに動き出すとか普通に怖い。


「ハツが潰れても動くとか本当に化け物だね。」


僕は既に弓を構える力すら残っていない。と言うか血を失い過ぎて今にも意識が飛びそうなのに戦闘続行はキツい。だが死ぬ訳にはいかないので無理矢理身体を起こし相手の攻撃に備える。立つ力も残ってないので上半身を起こすのでやっとだ。どこまで防げるか分からない。ディーネが起きるまで時間を稼げなければ僕もディーネも詰みだ。


「致命傷を受けて死んでないのはお互い様でしょ。私だけが化け物みたいに扱われるのは納得いかないが今の私にはやる事がある。そんな事を気にしている場合ではない。」


「口にしてる時点で気にしてるじゃん。」


普通に話せるとか本当に化け物だ。こっちは痩せ我慢に痩せ我慢を重ね無理して話してるのにめっちゃ余裕あるじゃん。マジで化け物だ。


「対話は不可能。暫く寝ててもらう。」


「やなこった!」


また姿が見えなくなる。同じ手なのか違うのか分からない。分からないが存在するのは確実なので再び音に全神経を集中させ場所を特定しにかかる。


バンっ


音が、音が聞こえない。不味い!!

今の僕には使える感覚が聴覚しか残っていないがそれがバレたのか耳を潰された。これじゃあ相手の場所が分からないから防ぎようがない。あとは勘に頼ると言う完全なる運ゲーしか残っていない。


バシッ


「大人しく寝てなさい。」


ゴキッ


一撃目は勘で防げたが二撃目は防げなかった。当然ディーネの意識が飛ぶような規格外な攻撃を受けて僕の意識が飛ばない筈もなく強制的に意識がシャットアウトさせられた。

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