木造延命地蔵菩薩座像

「あー、やめてくだされ!

やめてくだされ!どうか!

どうかその五錮杵だけは!」


この慈恩寺は浄土宗だぞって

突っ込む輩よ、これはフィクションじゃ。


「こんな髪櫛なんの役に立つ!

      おい!持ってけ!」


僧の一人と武士一人が言い合っておる。

足軽が、あっちでがっしゃーん、

こっちでがっしゃーん と

仏像やらやらを壊し...はせず、

売って自分の生計の足しにするため、

それはそれは丁寧に、迅速に、

邪魔する僧兵は蹴散らしつつも、

みごとみごとに盗み出しゆく。


もちろん、寺焼きと言えば犯人は信長。

この事件が起こる前にこう話したそうな。

「今日はこの慈恩寺を焼き討つ!

僧兵とは私と猛者どもで戦う!

その間に足軽のお主らは

寺内の仏具を盗み出してこい!

売って自らの利にしても構わん!」


信長は価値あるものを盗み果たして

お堂に火をつけ、焼いた。


「ああ、焼かんといて!あ"あ"!あ"あ"!」


ちなみに、盗んだ宝どもは、

より高く売りたい足軽どもの

見苦しい努力のおかげで、

価値のわかる人の手に渡ったそうな。

宝物は今も、博物館や私蔵に残っておる。

特に、住職の末代の家にあるのが興味深い。


さて、焼けたお堂の跡地に、

ぽつんと残った地蔵菩薩がある。

木彫りのそれを見つけた信長は、

「この地蔵は石造りなのか?」と。

全く、燃えたとは思えない。

「こいつはすごい木地蔵だ!」

そして、他の大きな寺ある地域に、

小さく新しい慈恩寺をこさえてやった。


とある宴会にてこんなことをこぼした。

「仏神の連中はしぶとい

それは皆、承知であろうが

いざ潰さんとすれば、

境内にちょっと大きめな石ころ

1つすらも残しちゃいかん

それを御神体に再興を謀るからな」


しばらく後に、

地蔵堂の僧が信長に談判したそうな。


「お地蔵様が!お地蔵様が!

もとの土地に戻りたいと言っております!」


「帰れ」


そうしてその坊主は追い出された。

今の慈恩寺は、あの僧1人で動いちょる。

毎日が辛いのも、必死になるのも分かる。


2度3度は門の前で大声で請いて、

やがて門番が姿を認めるだけで

こいつに槍を向けるようになったら

めっきり来なくなっちった。

なんと楽市でチラシを配っとると!


部下の1人が様子を見に行ったら、

だれもチラシを受けとらないじゃん。

妙に微笑んで皆が男をみるじゃん。

じゃが、馬鹿にした笑いじゃあなく、

暖かに「分かっとるよ」という顔なんじゃ。


とある大商人とコネのある部下が、

町中にこんな噂を流した。


「慈恩寺の地蔵は世にも珍しき座像」

「信長の焼き討ちを生き抜いた延命地蔵」

こいつらは事実だとしてもだ。


「火災も無けりゃ、家災もなし!」

って一気に俗っぽくなりやがる。

民衆はそういうの好きだぞ。

慈恩寺には一気に人が増えた。


これもまた宴会での信長だが、

部下の1人からこんな質問が出た。


「慈恩寺をあそこに移したのは、

 本願寺の睨みによって

 勢力を抑えるためですよねぇ?

 なんで寺を盛り上げるような

 噂を流しちゃったんですか?」


「移設先で人気が出れば、

 坊主も文句を言わんだろう

 もし、調子に乗ろうとも、

 東別院が許さんだろう

 それ、最近の奴の話を聞けば

 得意になって説教しとるとな

 誠、滑稽な話ではないか!がっはっは!」


信長は酔ったときにだけ、

「うつけ」な行いの裏にある計らいを

気分よく、がはは笑って話したそうじゃ。


滅ぼした敵にも、身分の低い部下にも、

己の力で不幸を退ける道を与える男。

並大抵の主君にできることではない。


じゃが、延暦寺の一件は取り返せん。

あれで光秀は信長に失望しちまって、

本能寺で焼き殺したのだろう。


おっと言い忘れておった。

信長が楽市を見分なさるついでで、

慈恩寺に赴いて話す機会がありまして、

「この土地の名を小熊とする!」


「ええ!きっと地蔵様もお喜びです!」


それでええんか?

喜ぶのは地蔵やなくておまえさんやん?


…井ノ口を岐阜に改めた男だ。

地名の改称に抵抗なぞ無いのだろう。


恐ろしい。何が恐ろしいと言えば、

すべて信長の好きなように進んどるのに、

最終的に誰も損な思いをしとらんことじゃ。


…また、長話をしてしまったな。

嬢ちゃんはこんな老いぼれの話聞いて

面白いんかえ?

おお、そりゃありがとな。

気をつけて帰るんやぞ!

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