昔語り

Athhissya

源平合戦の一滴

これはなにがしかという農民の物語。


こいつは学のあるやつで、

なんともともと貴族やったのに

農民ぽっちになったんやとさ。


こち吹かば、なんて言いおって

離れた都を懐かしむときにゃ、

きまってそよ風がふくいい男で、

ただ格好がボロなだけで、

村の子どもらにあれこれ教えとる、

気のいい兄ちゃんじゃった。


重盛殿が死んだというころ、

とはいっても無学なわしらには

何が大変なのか分からんかったが、

この頃からいろんな噂が起きたんじゃ。


「今年は豊作だが、来年は飢饉になる。

伊豆に流された源頼朝様が挙兵して、

農民をもお救いになる

新しい武家の世をおつくりになられる。」


「頼朝の首をもっていけば、

平家の懐に入れるらしいぞ。」


なんやらかんやら。


あの兄ちゃんは何用だと都に行った。

それきり、ついに戻ってこなんだ。

村が雪で埋まりかける季節になった頃、

あの兄ちゃんからわしに文が届いた。


わしらのことを思ってくれちょる

それが伝わるんじゃ。

歌も風流なもんも何も無しで、

素朴でわしらに分かる文じゃった。


これは手紙の全文じゃ、うろ覚えじゃがな。

[お久しぶりです。私は某です。

私は都で大芝居を一つ打って

まもなく平家の刃に散ります。

あなたともう一度お話ししたかった。]


じゃがわしよりも、

あやつに教わっとった子らの方が、

より賢かったんじゃなぁ。


「お兄ちゃんは平家に殺された!」

「平家ワルモノ!」


そんな子もおったが、


「おいちゃん、枕の下にそれ置いて寝て?」


夢枕とやら、あんまりに煩かったんじゃ。

まったく、枕なんてもんはウチにはない。

藁の下に置いて祈るばかりじゃ。

それであの夜、あの兄ちゃんに会った。


「お久しぶりです、おじいさま。

お元気でしたか?」


そっちはもう死んどるというのに。


「そう、その話がまた傑作で、

そのついでに頼みもあります。

まあ、まずは聞いてください。」


兄ちゃんは都に行き、

村にいた頃のようなボロ服を着て、

平家の屋敷に乗り込もうとしたんじゃと。


もちろん止められる。

そこであれじゃ、

余をなんじゃと思うておる!とな。


「やあぁ やあぁ 我こそわぁ!

上総曹司 源義朝 が息子の

の源頼朝 であるぞ!」


これの何がおかしいか分からんふうな

わしはそんな顔をしておったらしい。


「秋に苗を植えて、春に獲ると言うくらい、

ちゃんちゃらおかしいことなんですよ。

それなのに門番と来たら、

『なにっ!頼朝だとっ!』って

私を捕らえに来たんですよ。」


兄ちゃんは、こう締めたんじゃ。

平家は貴族にしても武家にしても、

教養はないし、武芸も拙いとな。

その気になれば全員の首をとれたとな。


だから、「源氏の味方につけ」とな。


そこで夢は途切れてしまったんじゃ。


...この村の長であるわしと、

平家に殺された兄ちゃんの名において告ぐ!


この村は源氏方につくこととする!


それからまもなく石橋山から落ちた

頼朝様たちを、手当てしたんじゃ。

そして鎌倉に幕府ができたが、


わしらの生活はたいして変わらなんだ。


あーあ、期待して損した。

ため息ついてる間に死んじまったよ。


ああ、そこの嬢ちゃん、

わしの長噺を聞いてくれて

ありがとうなぁ。

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