第14話 卒業試験終了

 トロールは動きの速さはないが、力は強く、攻撃を食らえば致命傷は避けられない。そのうえ、中途半端な攻撃で与えた傷なら瞬時に再生してしまう能力まである。


 そんな厄介極まりないように思えるトロールだが、弱点はある。


 それは、心臓。


 前世では偶然発見できた弱点だったが、訓練所の資料曰く、心臓が細胞を再生するための核になっているらしい。


「エメ、支援魔術だ」

「はい!」


 俺の指示を受け、エメが俺の背中に両手のひらで触れる。


素早さ上昇クイック!」


 エメがそう唱え、身体が軽くなる感覚を覚えると、俺は作戦を短く告げる。


「俺が合図をしたら、目くらましを使え」

「わかりましたわ! その後は?」

「その後などない。それで終わりだ」

「信じますわよ」

「ああ」


 俺は腰にぶら下げた鞘から剣を抜くと、棍棒のような武器を構えるトロールへと近づく。そして――


「今だ!」


 地を蹴り、一瞬でトロールとの距離を詰めたところで合図を出す。すると――


聖なる光ホーリーライト!」

「――っ!!」


 エメが奇跡を発動させ、周囲がまばゆい光に包まれる。


 そして、その光の眩さにトロールは目を覆い、その場で地団太を踏む。


 俺はトロールがこちらを見失っている間に、背後に回り込むと、そのまま心臓がある首の下の辺りに思い切り剣を突き立て、そのまま胴体ごと心臓を貫く。


 やはり、仲間がいるというのは良いものだな。


 前世では、トロールと戦闘になった時点でかなり分が悪くなるため、鉢合わせしそうになれば迂回するか、背後から気づかれないよう一撃で倒すしかなかった。


 それが、今はエメが一人いるおかげで、真正面から戦うことができる。


「ごばぁ、おぁぁぁぁぁ」


 心臓を貫かれたトロールが、うめき声をあげながらうつ伏せに地面に倒れる。


「やりましたのね!」

「ああ」


 エメが嬉しそうにこちらに近づいて来る中、俺はトロールの身体に突き刺さった剣を抜き、刃に着いた血を払いのける。


 今回の完勝は、エメの力に加えてこの武器の性能の高さによるところも大きい。


 前世の頃の武器では、こうも簡単にトロールの分厚い脂肪の壁を貫くことはできなかった。


「この後はどうしますの?」

「そうだな……」


 現代では、魔物を倒した後は金になる素材を回収するのが基本となっている。


 今まで倒してきた子ゴブリンにはそういったものがなかったため放置してきたが、トロールとなると話は別だ。


 それに、今後この階層に挑む者たちのことも考えて、トロールが出たという証明も必要になる。


「確か、トロールの細胞は希少品だったな」

「はい。耳だけでも銀貨100枚くらいの価値にはなりますわ」

「そうか……」


 さすがに22階層にいるものだけあって、相当の価値がつくようだ。


「なら、耳は確定として、後は腕でも持って帰るか」

「えっ、ちょ、ナインさん!」


 俺は素材剥ぎ取り用のナイフを取り出すと、トロールの両耳を切り取りエメに投げて渡すと、今度は両腕を切断して両脇に抱える。


「ほ、本当にそれを持って帰りますの?」

「ああ、さすがにこれだけあれば疑われるようなことはないだろう」

「ま、まあ、確かにそうですけれど……」


 依然としてエメは納得していないようだが、それに構うことなく、俺は出るためのポータルまで移動する。


「ほら、さっささと行くぞ」

「あっ、待ってください!」


 ポータルに二人で乗ると、眩い光と共に地上に戻る。すると――


「お疲れ様です……って、どうしたんだいそれ!」


 外に出るなり、試験の終了を確認するために待っていた試験監督が驚きを露わにする。 


 ちなみに、試験が終わると訓練所へ戻るよう言われているため、近くには彼一人だけだ。


 ちょうどいいか。


「フロアボスはゴブリンと聞いていたが、俺たちに対してはトロールが出た」

「と、トロール? いやそんなはずは」

「これが証拠だ。所長にでも渡しておいてくれ。行くぞ、レリア」

「はい」

「えっ、ちょっと待って君たち」


 俺は抱えていた両腕を試験監督に渡すと、そのまま訓練所へと戻るための一歩を踏み出す。


「よかったんですの? 両腕を渡して」

「よくよく考えると、あれを持ったまま街を歩くのはかなりまずい。それに両耳だけで十分金になるだろう」

「それもそうですわね」


 そう言って互いに笑みを交わし合いながら、俺たちは訓練所へと足を踏み入れる。すると――


「お疲れ様」

「レリアか」

「わざわざここで待たれていたのですか?」

「ええ。一応、その、心配だったから」


 俺たちの実力を考えれば、恥ずかしそうにそう言う気持ちはわかるが、きっとその根底にあるのは姉の件だろう。そう考えると、あながちレリアの心配は間違いではない。


「ありがとう。お前の忠告があったおかげで、試験を乗り切れた」

「えっ、それはどういう――」

「あまり口外していいものかわからないからな。聞きたかったら所長にでも聞いてくれ」


 それからレリアからの追及を逃れながら、俺たちは寮の自室へと戻る。


 何はともあれ、卒業試験は無事に終了し、ようやく摩天楼へ挑むための準備ができた。


 明日の出所式を終えれば、いよいよ摩天楼へ挑戦だ。


 そのことに対する気持ちの高ぶりを感じながら、俺は今日を終えるのだった。




【異世界豆知識:摩天楼の魔物】

摩天楼内の魔物は、塔内に満ちる魔素によって生成される。倒された魔物に関しては、素材として回収されなかった部分が30分後に魔素として塔内に還元されるようになっている。

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