第13話 第0階層


 ポータルに乗り、淡い光に包まれる。


 そして、視界が開けると、そこに広がっていたのは、人が十人並んで通れるくらいの大きさの洞窟の内部だった。


「これが第0階層か」


 周囲を見渡すと、後ろは完全な行き止まりになっており、道は一本道。壁には等間隔で仄かに光を発する鉱石がはめ込まれており、明かりには不自由しない。


 事前に教えられた情報に誤りはないようだ。


「行くぞ」

「はい」


 卒業試験は、この洞窟の最奥にあるポータルから外に出ること。


 例年では、外に出るまでの間に、道中で子ゴブリンとの戦闘が数回と、最奥のポータルを守るゴブリンとの戦闘があるという。


 実際、その話は本当だったようで、少し歩いたところで子ゴブリンと遭遇する。


「き、来ましたわ」

「ああ。エメ、やれるか?」


 膝の位置くらいの大きさの緑色の魔物を前に、俺はエメに尋ねる。


 事前の打ち合わせで、訓練の成果の確認もかねて、ポータルを守る魔物以外はすべてエメに倒してもらうよう伝えておいた。


「できますわ」


 そう答えたエメの声は震えている。彼女にとっては、これが初めての魔物との戦闘だから当たり前だ。


「――っ」


 威嚇しながら子ゴブリンが距離を詰めてくる。


「エメ」

「わかっていますわ」


 エメが懐から小さな投てき用のナイフを取り出す。


 子ゴブリンは魔物の中でも最弱の部類に入る。


 成長したゴブリンに比べれば力も弱いし、知恵もない。


 だが、それでも噛まれれば周辺の肉は腐敗し、最悪の場合は患部の切断も余儀なくされる。


 だから、可能な限り子ゴブリンとの戦闘は時間をかけず、かつ距離を詰めないのが基本となる。特に神官で軽装のエメはなおさらだ。


「重要なことは覚えているか?」

「もちろんですわ。焦らず、慎重に、確実に、額一点を」

「よし、行け」

「行きますわ……っ!」


 俺の合図で、エメがナイフを無駄のない動作で投てきする。


「――っ」

「やりましたわ!」


 見事に投げられたナイフは子ゴブリンの額を貫き、子ゴブリンは小さなうめき声と共にその場に大の字になって倒れる。


 俺の時代なら、ナイフは子ゴブリンの頭蓋に刺さったままで、さらに止めを刺す必要があったが、今の武器の性能なら頭蓋も容易に貫通してしまう。


 この感じなら、ホブゴブリンくらいまでなら同じ方法で倒せるかもしれない。


「この調子で行くぞ」

「はい!」


 それから俺たちは、数回の子ゴブリンとの戦闘を繰り返し、着々と第0階層を攻略していく。


 ちなみに、その間に負傷した他の訓練生を見るということはなかった。ここの子ゴブリンは一体でしか襲ってこないため、みな俺たちと同じように順調に進んだということだろう。


「見えてきましたわね」

「ああ」


 視界の先に、大きな二枚扉が見える。


 あれは紛れもなく、摩天楼内にあるフロアボスへと繋がる扉と同じだ。


 つまり、あの先に地上へ戻るためのポータルを守る、フロアボスがいる。


「準備はいいか、エメ」


 扉の前にたどり着くと、俺はエメに覚悟を問う。


「はい、いつでも大丈夫ですわ」

「なら、行くぞ」


 二つの扉にそれぞれ手を置き、ゆっくりと押しながら扉を開ける。そして――


「あれは……っ!?」


 扉を開いた先で待っていたのは、事前に聞かされていたゴブリンではなく、その5倍は裕に大きい薄緑色の巨体の魔物だった。


「な、何ですの、あの魔物は」

「トロールだ」

「と、トロール……っ!?」


 エメが驚くのも無理はない。


 トロールは摩天楼の第22階層に生息する魔物だ。


 ゴブリンに比べて動きは遅いが、力は強く、おまけに小さな傷なら瞬時に回復してしまう厄介な性質まで持っている。


「どうして、そんな魔物が」

「たぶん、レリアの姉も同じ感じだったんだろう」

「ミレーユさんがオーガと戦ったという話ですか?」

「ああ」


 レリアから姉の話を聞かされた後、エメにも同じ話は念のため伝えておいた。


 今まではそれが偶然ホブゴブリンに近かったゴブリンだったのではと、訓練所の関係者は思い、あまり深い調査はされていなかったようだが、これで確信した。


 レリアの姉がオーガと戦ったというのは、本当の話だ。


「もしかして……」

「何かわかったのか?」

「第0層のフロアボスは、挑戦者の実力に合わせて変わるのでは?」

「――なるほど」


 もしその仮説が本当だとするのなら、現在第40階層までたどり着いたミレーユたちが、オーガと戦うことになったというのも頷ける。


 そして、第70階層までたどり着いた俺の前にトロールが現れたというのも。


 むしろ、エメが一緒にいたからトロール程度で済んだという可能性すらある。


 どちらにせよ、今やるべきことは一つだけだ。


「エメ、トロールの攻略法は覚えているな?」

「はい、もちろん」


 この半年間、ミレーユ一行が攻略済みの第39階層までの情報を、俺とエメはしっかりと頭に叩き込んでいる。


 そして、その中には当然トロールに関するものも。


「狙うは敵の心臓ただ一つ」

「よし。行くぞ!」

「はい――っ!」


 パーティーを組んでから、初めてのフロアボス戦が始まった。




【異世界豆知識:第0階層】

縦5メートル、横10メートルの洞窟で、壁には等間隔に光を発する鉱石がうめっ込まれている。長さは約5キロメートルで最奥のフロアボスの部屋は、通路の約2倍の広さになっている。フロアボスを倒し、攻略したと摩天楼から判断された場合は、再度第0階層に入ることはできない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る