第12話 卒業試験開始

 ついに卒業試験の日がやって来た。


 俺とエメはいつものように朝の走り込みを済ませると、軽く朝食を取り、装備を整え寮を出る。


 外にはすでに卒業試験を受ける訓練生たちがはやる気持ちを抑えきれないといった様子で待っている。


 その中にはレリアたちの姿もあり、心なしか彼女も気持ちが高揚しているのか、普段より笑みが多い気がする。


 緊張感が足りないと言われてもおかしくはないが、俺もその気持ちはわかる。俺も初めて摩天楼に足を踏み入れたときはそうだった。


 それから少しだけ待ったところで、所長のヴァルターを含めた施設の関係者たちが出てくる。卒業試験は例年ヴァルターの監督のもと行われているようだ。


「訓練生諸君!」


 ヴァルターの声に、全訓練生が耳を傾ける。


「いよいよ、諸君らが半年間かけ積み上げてきたものを試すときが来た」


「諸君らの中には、早く試したくて仕方ないもの、上手く行くだろうかと不安に思う者。様々な者がいることだろう」


「そんな諸君らに告げる言葉は一つだけ」


「必ず生きて帰って来るように!」


「さあ、参ろうか。摩天楼へ!」


 ヴァルターの言葉に一斉に皆が気合を入れた声と共に得物を天にかざす。


 こうして、俺たちの卒業試験が始まった。


         ※※※


 摩天楼のふもとまでたどり着くと、俺たちは普段内部に入るために使う入り口ではなく、そこから少し離れた場所まで移動する。


 そこには、普段摩天楼内部に入るための円盤状のポータルと同じものが設置されていた。少なくとも、前世の俺が生きていた時代にはなかったものだ。


「諸君らは今から順番にこのポータルを使って、第0階層に移動してもらう」


 順番は前日のうちに決まっていて、俺たちの順番は全体の後ろから二番目だ。


「まず最初の者、準備しなさい」


 最初はレリアたちのパーティーだ。


 彼女のパーティーのメンバーは全員で7人。


 試験に挑戦できる最大人数であり、かつ摩天楼内でのフロアボスの部屋に入れる最大人数でもある。


 そして、構成は相手の攻撃を食い止めるタンクが二人、そのタンクが仕事をしている間に攻撃を仕かける戦士が三人、そして彼ら前衛を魔術と奇跡で支援する後衛が二人とバランスがしっかり取れている。


 メンバーが準備を進める中、最初に準備を終えたレリアが、こちらに近づいて来る。


「ナイン、それにエメリーヌさん」

「どうした?」

「やはり、本当に二人で挑む気なのね」


 少し前にも似たような会話をしたはずだが、余ほど俺たちのことが心配なんだろう。


「エメ、何か言ってやってくれ」

「レリアさん。心配してくださるのはありがたいですけれど、私たちには無用ですわ。だって、わたくしたち、強いですもの」

「はあ、ナインじゃなくて、エメリーヌさんにそう言われると何も言い返せないわね」


 互いに言葉を交わし、軽く二人は笑みをこぼす。


 どうやら、レリアは納得してくれたらしい。


「それじゃ、私たちは先に行くわ」

「ああ」

「どうかお気をつけて」


 最後に軽く手を挙げてから、レリアは仲間たちの下へと戻って行く。すると。


「すごい自信だね」


 今度はヴァルターがやって来る。


「あんたも俺たちが心配なのか?」

「筋違いなのはわかっているんだがね」


 それは単に人数が少ないからなのか、それともレリアの姉の件を知っているからなのか。


 少し、探りを入れてみるか。


「もしかして、ミレーユの話は本当なのか?」

「ミレーユの話? 何のことだい?」


 そう答えたヴァルターの口調は、完全に誤魔化すときのそれだ。


「いや、今ので十分だ」

「――何のことだか本当にわからないが、私が君たちを心配しているのは君が魔術を使えないからだ」

「ほう」


 ヴァルターの言う通り、確かに俺は魔術が使えない。


 魔術を使うために必要な魔素の感知は、遺伝に大きく関係しており、残念ながら俺にはその素質がない。しかし――


「魔術ならエメが使える」


 エメの両親は現代においては優秀な開拓者だったらしく、エメは魔素の感知には長けており、俺の注文で摩天楼の攻略に必要そうな基礎魔術は身に着けさせている。


 だから、俺が魔術が使えないという短所は彼女が補ってくれるから問題はない。


「確かにエメリーヌくんは魔術が使える。だが、彼女は同時に神官でもある」

「どういう意味だ?」

「神官は常に魔物から一番最初に狙われる。その中で、常に君に注意を払うことができるだろうか?」


 確かに魔物は回復手段を持つ神官を狙う傾向があることは、訓練所の講義で学んだ。そして、その傾向は階層が上がるほど強くなるとも。とはいえ――


「それは今回の卒業試験では関係ないことだろう?」


 卒業試験で攻略することになる第0階層では、魔物が集団で襲って来ることはないと事前に教えられている。


「魔物一体からエメを守ればいいのなら、何の問題もないはずだ」

「――なるほど、そういうことか」

「何?」

「私としても君たちに関しては今回の試験は何も心配していない。心配なのは摩天楼に入ってからだ。すまない、誤解をさせてしまっていたようだ」


 確かに、今までの話が摩天楼に入ってからのことを前提にしているのなら、その失敗は確かにある。つまり――


「要は今から仲間を作っておけと言いたいんだな?」

「さすが、話が早くて助かる」


 現在、摩天楼を攻略しているパーティーの多くが、訓練所時代から組んでいる者たちになる。そんな状態で、摩天楼に入ってから仲間を見つけるのは難しいとヴァルターは言いたいのだろう。


「心配はいらない。すでに当てはある。三人ほどな、腕の立つ者たちを見つけた」

「三人……まさか……っ!?」


 そう、そのまさかだ。


「くははははは……っ! これは大きく出たな、ナインくん」

「ちょ、ちょっと、どういうことですの?」

「エメリーヌくん、彼はミレーユ一行を仲間にしようとしているのだよ」

「――っ、ちょっとナインさん、そんなこと聞いてませんわ!」


 エメが驚くのも無理はない。


 ミレーユ一行がいるのは第40層、今の常識から考えてそこまで行ける可能性はほぼ皆無といってもいい。普通に考えれば、彼女たちとパーティーを組むというのは現実的ではない。


「だがナインくん。彼らに追いつける保障はあるのかい?」

「その点は大丈夫だろう」


 摩天楼は10階層ごとに魔物の強さが一気に変わる、そのため上がった魔物の強さに対応するのにそれ相応の時間を要する。


 ミレーユ一行の攻略記録を見るに、魔物の強さが上がる第11階層、第21階層、第31階層の攻略には最低でも4、5か月は費やしてる。


 現在、彼女たちがいるのが第40階層であることを考えると、第41階層の攻略には最低でも半年は使うはずだ。


 対する俺たちには、第70階層までの情報がある。この点を考慮すれば――


「二年あれば追いつける」

「二年……本気かい?」

「ああ」

「そうか――そこまでいうのならこれ以上君たちに何か言うのはやめるとしよう」


 それからヴァルターは「武神の加護があらんことを」と言い残すと、試験監督の任に戻る。


「あの……ナインさん」

「どうした?」

「あんなことを言って、本当に大丈夫ですの?」

「ああ、問題ない。それより早く準備を済ませるぞ」

 

 装備の点検や第0階層内での立ち振る舞いといった、試験に向けた準備を進めているうちに、あっという間に俺たちの番がやって来る。


「それでは次のパーティー、ポータルへ」


 ヴァルターの指示で、俺たちは第0階層へと繋がるポータルの上に二人で乗る。


「改めて、君たちに武神の加護があらんことを」


 ついに、卒業試験が始まった。


【異世界豆知識:ポータル】

摩天楼内の階層を移動するための円盤状の転移装置。摩天楼から許可された階層(フロアボスを倒した階層の次の階層まで)に瞬時に移動することが可能。

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