第15話 摩天楼へ

 最終試験翌日、試験に合格した訓練生たちに開拓者の資格を授与する出所式が行われ、晴れて俺とエメは正式に摩天楼に挑戦する権利を手に入れた。


 そして、半年間世話になった訓練所の寮を出る準備を自室でしていると――


「二人とも、少し良いかね」


 所長のヴァルターが入ってくる。第0階層でのトロールとの戦闘の件だろう。


「構わない」

「お邪魔するよ」


 寮の部屋は寝台が二つ横並びになっており、そこに向かい合うような形で俺たちは座る。


「まずは出所おめでとう。これで晴れて君たちは開拓者だ」

「褒められるほどのことではない」

「ナインさん、ここは素直に賛辞を受け取るところですわよ」

「そうか」


 俺たちの様子を見てヴァルターは「良いコンビだ」と笑みをこぼしながら、続ける。


「すでに察しはついていると思うが、話というのは第0階層のことだ」

「何かわかったのか?」

「大したことはわかっていない。だが、少なくとも君たちがトロールと対峙したことは事実であり、そのことからミレーユくんたちから上がっていたオーガと戦ったという報告の再検討が行われている」

「そうか」


 やはり、素材を持ち帰ったのが大きかったようだ。どうやら、ミレーユ一行の時は満身創痍でそれどころではなかったらしいからな。


「これから第0階層はどう扱うつもりだ?」

「それはまだ何とも言えないな。現状、君たちとミレーユくんたち以外から、ゴブリン以外のフロアボスと戦ったという報告は受けていない」

「つまり、まだ最終試験に使う可能性があると」

「そうなるな」

「そうか……」


 エメの立てた仮説通り、フロアボスが挑戦者の実力を見極めて選ばれるのであれば、勝てない相手が現れるということはないだろう。


 それに安全マージンを取るならば、優秀な訓練生たちの中に実力の低い訓練生を入れることで、フロアボスの強さを調整することも可能なはずだ。


「あまり良い報告ができなくてすまないな」

「気にするな。それで、話はこれだけか?」

「いや、まだある。これを」


 そう言ってヴァルターは腰のベルトにぶら下げていた小さな麻の袋を俺に手渡す。


 中を見ると、金貨が20枚ほど入っている。


「何だこれは?」

「トロールの腕の報酬だ」

「あれは金目当てで渡したのではないのだが」

「いいからもらっておけ、それでも分け前の半分もないのだから」

「そうですわよ。それに、これだけあれば摩天楼都市内に拠点も用意できますわ」

「拠点か……」


 俺の時代では、摩天楼の周辺は一面荒野だったため、装備を整えるとき以外、基本的に摩天楼内での生活を余儀なくされた。


 だが、今は摩天楼の周辺には都市があり、その規模は依然として拡大し続けていることから、資金に余裕のある開拓者は都市内に生活拠点を置くことが多いと聞く。


 拠点自体はいつか確保するつもりだったが、まさかこんな序盤で構えることができるとは。


「エメリーヌくんの言う通りだ、ナインくん。拠点はあったほうがいい」

「そうだな。そうさせてもらろう」


 摩天楼内での生活は、疲労が完全に回復することはない上、常に精神的負担がかかる。


 拠点があれば、心身ともに疲労を完全に回復させ、万全な状態で攻略に臨める。


「これは、ありがたくもらっておく」

「そうしてくれ」


 俺が金貨の入った袋を受け取ると、ヴァルターは満足げに頷くと、立ち上がる。


「それでは私はここで失礼する――ああ、いやもう一つだけ」

「どうした?」

「君たちとしても、いずれ仲間が必要になる日がくるかもしれない。そうなったら、私に相談しなさい」

「ああ、その時が来たら頼らせてもらおう」

「それでは今度こそ。君たちに武神の加護があらんことを」


 最後に決まり文句を言って、ヴァルターは部屋を後にする。


「さて、ここを出たら早速拠点を探しに行くか」

「はい、是非!」


 それから俺たちは少し早めに寮を出る準備を整えると、昼過ぎに訓練所を出るのだった。


         ※※※


 訓練所を出た後、俺たちは摩天楼都市内の手頃な物件を見つけ、そこを今後の拠点にすることに決めた。


 今後パーティーメンバーが増えることを考えて、広さは少し広めであり、予備の武器や防具を閉まっておくための倉庫もついた摩天楼都市内でもかなり良い物件だと思う。


「荷物はだいたいこれで全部か」

「はい。これでしばらくここでの生活には困りませんわ」


 日が暮れる前に物件を決め、すぐに入居した俺とエメは、月が綺麗に輝きだした頃に荷運びを終え、それぞれの寝台の上に大の字になる。


「とりあえず、少し休憩したら夕飯だな」

「今日は腕によりをかけて作りますわよ!」

「ああ、頼む」


 エメと行動を共にするようになってから、食事は基本的に彼女が用意している。


 俺も最初は手伝おうとしたのだが、俺のはがさつで粗暴な味がすると言われ、手伝うのは控えている。


 エメが食事を作っている間、俺のほうは武器の手入れや解毒剤といった常備薬の管理など、摩天楼へ向かうための準備を行う。


 そして、それだけで一週間分の食費がまかなえるくらい豪勢な食事をエメと一緒に楽しむと、床に就く。


「いよいよ、明日ですのね」

「ああ、ようやくだ」


 ようやく、摩天楼に挑戦できる。


「どうだ、緊張するか?」

「ええ、少し。ナインさんは?」

「楽しみで仕方がない」

「ふふ、流石ですわね」


 お互い軽く笑みをこぼし合うと、エメはランプのような魔道具に魔素を注ぎこむ。


 すると、魔道具の中心にあった鉱石が、眠りの妨げにならない程度に光る。


「便利なものだな」

「ええ、本当に」

「明日に備えて、そろそろ眠ろう」

「はい」


 注ぎこまれた魔素の減少に伴い、徐々に暗くなっていく鉱石を見つめながら、俺は眠りについた。


         ※※※


 翌日。


 訓練所にいた頃と同じように、俺は早朝に目を覚ますと、普段は寝ているエメが起きてこちらを見ていた。


「いつも通り早起きですわね」

「そういうエメは少し早いな。眠れなかったのか?」

「そんなことは。ただ、気持ちが入っているだけですわ」

「そうか」


 ついに今日、俺たちは摩天楼へ挑む。


 それを考えると、ぱっちり目が覚めるくらいがちょうどいい。


「今日の訓練はどうしますの?」

「体力づくりはしばらく休みだな」


 摩天楼内部での活動は、かなり体力を消耗するからな。塔内に入る前に体力を使う利点はない。


「少し早いが朝食にしよう。頼めるか」

「はい」


 そして、早めにここを出よう。


 朝は塔内に入るためのポータルに人が集まるというしな。


 それから身体の動きの負担にならない程度に軽く朝食を取ると、俺たちは摩天楼へ向かう。そして――


「それでは開拓者の証を見せてください」


 ポータルの前で管理をしている衛兵に、出所式の際にもらった証明書となる、名前が書かれた青銅の金属板を見せる。


「ナインさんとエメリーヌさんですね。身元の確認が取れましたので、どうぞ中へ」


 衛兵に促されるまま、ポータルの上に俺たちは乗る。


「それではお二人に武神の加護があらんことを」


「エメ」

「はい」


「「転移、第一階層」」


 ついに俺たちの摩天楼への挑戦が始まった。





【異世界豆知識:ナインたちの拠点】

5人組のパーティーを前提とした宿舎で、同じつくりの部屋が横に5つ縦に3つ並んだ3階建ての建物。5階層以上に到達したパーティーが使える価格帯のため、材質は訓練所と同様特殊な鉱石をベースに作られており、開拓者の証を提示しなければ敷地内に入れないといった、防犯性も配慮した物件になっている。 

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