第35話 流川家の隠された願い

 流川さんの指示通り、彼女の家までは車で向かうそうだ。


 高級感あふれる車は、校門の前にぴったり沿うように止められていた。


 いうまでもなく目立つ。学年クラスを問わず、注目の的だ。


 人の波をかきわけ、車に同乗する――なんて勇気はさらさらない。


 俺は矢見島でも人気のすくない場所を選択。そこで拾ってもらうよう話をつけている。先に学校を出ておいた。


 じゃあ、車まわりの情報は何だ、という話だが。 


 ビデオ通話で流川が様子を映しているから、知っているだけだ。連絡先は初日のうちに交換していた。


 で、俺と手を組んだ瑠璃子はなにをしているかというと。


 俺のあとをつけるようだ。タクシーで流川家の車を追う。もしもイレギュラーな動きがあってもいいように、とのことだ。


「あの家は特殊だから、不測の事態に備えてね」


 と念を押された物だ。重々承知である。



 集合場所は、寂れた店の駐車場だった。


 目的地につくと、すぐに車が見つかった。この島には似ても似つかない外車だ。


 ドアが自動で開く。二列目のシートに流川は据わっていた。


「来たのね」

「約束に反するような男じゃないぜ」


 何度かばっくれようと思っていたなんて、口が割けてもいえない。


「今回は、使用人の執行しぎょうが送ってくれるわ」


 運転席の男が、顔だけこちらに見せる。


「執行です。志水一誠様、いつもお嬢様がお世話になっております」


 メガネをかけた細身イケメンだ。繊細でキリッとした目つきには、男の俺でもドキッとする。


 ザ・執事というような黒服を見ると気が引き締まる。


「いや、俺は同級生として当たり前のことをしているというか」

「志水様の自己認識は存じえませんが、お嬢様にとっては相当大きな意味を持っているのですよ」

「ねぇ執行、うるさいわ」

「失礼しました」


 メタ的な目線で執行のことを考えてみる。


 流川と執行のカップリングは相当の人気だ。


 すこし我が儘だけれど、かわいいところもたくさんある流川。  


 長らく流川のために仕えている執行。


 聞いただけでいろいろと想像の膨らむペアなのだが。


 流川ルートだと、彼女は主人公に魅せられる。


 執行は負けヒーローといったところか。


「志水くんは、優しいだけ。命令に忠実にこたえてくれる存在」

「ん? 褒め、てる……?」

「お嬢様は不器用なのです。誤解を招きそうな表現にはなりますが、至上の褒め言葉なのです」

「べ、別に私は褒めてなんかいない。執行、出しゃばりがすぎるぞ!」


 おっと。


 原作の流川はどちらかというとクーデレよりだった。


 いまの様子を見る分には、わかりやすいくらいのツンデレに見えてくる。


 クーデレとツンデレの区分には詳しくないので、解釈違いといわれかねないと補足しておく。


「へぇ、流川にもかわいいところはあるんだな」

「バカ! 出会って三日の他人以上知り合い未満のあなたにいわれたくない」

「そんな人間を家に誘うなんて、矛盾もいいとこだな」

「そ、それは……」


 執行が企みの笑いをあげた。


「詳しい事情については、ひとまず車を走らせてからお教えしましょう」


 話が脱線していて、本来の目的を忘れていた。


 きょうは流川の家に行くんだったね。



 執行さんの運転は見た目どおりの丁寧さを兼ね備えていた。スピードは出ているが、不快感はない。


「お嬢様は、かなり家では大雑把なのですよ」

「執行、黙りなさい」

「家着は見るに堪えませんし、ぐうたらする姿には失笑を禁じえないほど、おかわいいのです」

「ねぇ、し、ぎょ、う?」


 圧をかける流川をよそに、彼女の抜けている一面をつらつらと語る執行。


 流川の怒りは限界突破し、顔は真っ赤だ。


 嫌がる様子を気にも留めず――いやわかったうえでやっているんだろうけど――語るものだから、耳を傾けずにはいられない。


 ごめんな、流川。


 情報は命なのだ。聞けるものは聞かせてもらう。  


 申し訳なさはある。人には知られたくない一面がたくさんある。自分をよく知る第三者に、許可なく話されてはたまらない。


 結局、どうして俺が呼ばれたかという話が最後まで出ることなく家に着いた。


 俺と流川で語ることはさほどなかった。執行・流川ペアのなかで完結していたのだから。


「ここまで、ご苦労様でした」


 車から降りると、目の前は流川家。


 何階建てかってくらいの高さ、そして広大な土地。


 庭園のなかに噴水があるという仕様だ。家というより「屋敷」といったほうがいいレベルだ。


「本日、志水様を我が流川家に招いた理由、お嬢様からうかがいましたか?」

「いや、まったく。唐突に切り出され、なにもわからずここにきた」

「では教えましょう、真の理由を」


 トーンがすこし落ちる。真面目な話が始まりそうだ。


「待って、本当にいうの!?」

「お嬢様、お話ししたでしょう。どうしてこの島に来れたのか、条件がついていることはおわかりでしょう」

「でも……やはり心の準備が。きょうは志水くんに家のなかを散策してもらう方向には」

「ダメです。果たすべきことを無視してはいけません」

「うぅ」


 なにが語られるというのか。


 俺は身構えた。


「改めて、あなたに来ていただいた真の理由をお教えしましょう」


 相づちを打つと、執行は続けた。


「志水様を、お嬢様の婚約者としていただけないでしょうか」

「…………はい?」

「もう一度いいます。お嬢様と結婚していただきたいのです」

「なになにどういうこと? 出会って三日で籍を入れましょうって、正気の沙汰ですか、ねえ?」


 流川との婚約ルート。


 そんなものはない。流川はあくまで、名家という窮屈な環境から離れるために、主人公との時間を求めるようになったわけで。


 求めるようになったはなったけど、結婚なんて話は初耳だ。


「私は本気なのです。お嬢様を扱いきれるかもしれない男性を見過ごすわけにはいきません」


 おいおいおいおい。


 ルート外の事態が、こうも早く訪れるとは。


 こればかりはやむをえまい。瑠璃子に連絡を……。


 スマホを取り出す。


 右上の画面に表示されているのは、圏外の表示。


「なにかよからぬことをお考えですか? 残念ながら、いま電波を止めています。外部に連絡されても困りますので」


 であれば、残された手段はひとつ。


 スイッチである。


 ポケットの中で強く押し込んだ。あとは、射程範囲内に瑠璃子がいて、俺に生じた異常を察知してくれると祈るばかりだ。

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