第33話 流川はお嬢様

 学食に向かった俺たち一行。


 三大美少女は、表面上はにこやかだ。


 しかしながら、表情の癖から鑑みるに、嫉妬や牽制など、さまざまな感情が渦巻いているとはたやすく想像できる。


「このグロテスクな見た目をしたカレーが、定番なんですか……!?」

「そのとおりだ」


 かつて、この世界に転生して間もなく食べたカレー。


 闇病学園特製、暗黒カレーである。


 黒くて厳つい見た目、食べたものを震えさせる激辛テイスト。


 食べる人を選ぶ一品。だが、刺さる人にはくるものがあるようで、学園の定番メニューと化している。


 ちなみに俺は無理だった。あぁ、みっともない姿を晒したのはいつの日だったか。


「なるほど、これが世間一般的に普及しているカレー、なのですね」

「なんだか大きく誤解している気がするぜ」

「こちら、食べても大丈夫なの?」

「好みによる。辛いものが好きじゃないと厳しいかもね」

「わかりました。では参ります」


 おぉ、と四人の声が重なる。


 甘く見ていると痛い目にあうぜ、と内心思いながら、流川の様子を見る。


 爽やかな印象を受ける人だ。


 流川さんに激辛メニューというのは、あまりマッチしないというか、真逆のものというか。


 五人で同じ列に並ぶ。流川の事情聴取(?)がおこなわれる。


 基本的な生い立ちや語り口は似ていた。いまのところ冷たさやそっけなさを感じないというのが、ひとつ気になるところだった。


「そういえば、流川さんはなぜ矢見やみ島に?」


 問いかけたのは、悠だった。


「気になりますよね。では、答えます」


 海に浮かぶ孤島、矢見島を選んだ理由。


 それは、家からの干渉を受けずに学園生活を送れるから、というものだった。


 本島から遠く離れたこの場所に、流川の一家が滞在し続けるわけにはいかない。


 一族は栄えており、都内に身を置いていないと困るとのこと。


 流川家のひとり娘として、がんじがらめの指導を受けるしかなかった。嫌気がさし、無理を承知で動いた。


 ……と、詳しく話してくれた。


 ゲーム内では匂わせるくらいだったゆえ、ここまでの話とは思っていなかった。


「自由を勝ち取ったんだな」

「はい。ですから、この学園で学生らしい生活を送りたいのです」


 流川も流川なりに考えがあるんだな。閉鎖的な環境を切り開いた勇気には、同じ世代として感心する。


 この思いは、他の三人も同様だったようで、流川の行動力を褒める流れになった。


「やめてください。たいしたことないものです」

「いいや、同じ学園の仲間として誇らしい。自分の自由を手に入れるため、もがいた英姿は」

「志水くん……」


 流川さんが俺を見つめた時間は短かった。


 列が進んでいて、もう注文となってしまったので。


 今回は暗黒カレーを避け、無難にカツカレーとしておいた。


 他のメンバーは、俺同様に別のカレーだったり、日替わり定食だったりを選んだ。


「では、流川さんの初登校記念も含め、いざ――いただきます」


 堅い口調なのは、実験好きの黒川さんによるものだ。今回もなんらかの目的があってのことだといっていたが、謎である。


 俺たちの目線は、自然と流川さんの方に向いた。

 果たして、暗黒カレーに適合できるのか?


 ひと口、ぱくりといく。


 ……ごくり。


 息をのんでみまもる。


 平然とした面で咀嚼し。


「うん、おいしいですね」

「辛くないの!?」

「ふつうじゃないですかね」

「マジか」


 流川って辛いものに耐性があったんだな。彼女の食事シーンに着目することはなかったので。


「お父さまが、世界各地のさまざまな美食を提供してくださったんです。辛いものへの耐性は、それゆえにつきました」

「納得だな」


 ものによっては辛いのがデフォルト、なんてのもあるからか。


 苦しそうな顔ひとつ見せない流川の姿には、圧倒された。


 そのため、質問をするのがやや遅くなってしまった。


 流川に話を聞いても、俺たちが知っているような「本性」は垣間見えなかった。


 これまで通っていたお嬢様学校が窮屈だったとか、俗世間との価値観が合わず、すれ違いが多々起こるだとか。


 歓迎ムードでこちらが応えているのもあるが、ツンツンした様子すら見せない。俺と瑠璃子は、何度目を合わせただろうか。


 他の世界線における流川の性格が、今回の世界線でも同様とは限らない。大原則を思い起こさせる結果となった。


「要するに私は、ふつうにみなさんと楽しい時間を過ごしたいだけなんです」


 そういわれれば、なるほどとうなずくだけだ。


「おっけー。改めて氷華ひょうか、よろしくっ!」


 悠は早くも馴れ馴れしい様子だった。


「転入生の流川さん、いろいろ気になる。もっと知りたい」


 黒川も同様だ。


「流川さん、私も同じように思うわ。いろんな姿を見てみたい」

「俺もだ。当面は慣れないと思うし、万全のサポートをしていくよ」


 にこやかに語りかけると、流川も笑顔でこたえた。


「みなさん、ありがとうございます。とくに志水くん、隣の席というのもあって、お世話になる機会も多々あると思います。なので、お願いします」

「おぅ、任せてね」


 流川さん直々のご指名とあれば、引き受けざるをえまい。


 距離が近づきすぎても問題と念頭に置きつつ、立場を利用して探っていくまで。


 どんな姿を見せてくれるのか、流川。

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