第32話 隣の席の流川さん

 流川が俺の隣だと?


 確かにそうだ。


 俺の座席を、廊下側から見てみよう。三号車(縦)の六列目(横)にあたる。


 六列目は人数の関係上、三号車までしかない。


 ゆえに、流川が入るとすれば――。


 新しい座席を設けての、四号車六列目。


 信じられないと口走るのも無理はないだろう?


「悪い、流川。選択教室から机を運んでくる」

「大丈夫です。私がいきます」


 流川はすすんで机を取りにいった。


 後ろのドアから戻ってくると、一瞬こちらに視線を送り、机とくっつけてきた。


「よろしくね。君は……」

「志水一誠。これから、よろしく

「うん。こちらこそ」


 冷徹で傍若無人な令嬢らしさは、いまのところ出ていない。


 黙っていれば国宝級の美人ってものだ。


 消えそうな透明感と、育ちの良さが出る所作。


 たとえわがままな一面を有していようとも、長年の教育で身についた立ち振る舞いは変わらないらしい。


「志水くん」

「お、俺か」

「はい」


 下の名前、つまり一誠と呼ばれるのは久しぶりだ。一瞬、自分が呼ばれているのか悩んでしまったぜ。


「きょうの授業で、教科書を見せて欲しいのです。闇病学園に来て日が浅く、準備が万全ではないのです」

「お安いご用さ。気軽に見ていいよ」

「もったいなきお言葉。感謝します」


 微笑をともなって、流川は頭を下げた。


 ……あれ?


 なんとも礼儀正しい。氷結の美少女と称したくなるような態度は見られない。


 黒川の登場が、流川の性格に大きな変更をもたらしたのだろうか。


 今回の世界だと、流川はふつうの女の子でした。めでたしめでたし……。


 そんな可能性も浮上している。


 むろん、楽観視するのは早計だ。本性をひた隠しにしているだけの、猫被りって線も捨てきれない。


「しめしめ……」

「ん? なにかいったかな」

「いえ。私のひとり言です」


 流川の返答はバッサリとしていた。ようやく本領発揮だな、という感は否めなかった。



 授業が始まると、さっそく流川に教科書をせがまれた。


 ふたりで教科書を見るには、席を寄せねばならなかった。机の大きさの問題だ。


 にしては、流川の距離が近い。右ページをのぞき込もうとする際には、前のめりになってのぞいてくる。


 すると、無防備な胸元が視界にチラチラ入ってくるわけで。



 わざと、だ。意識してやっている。極悪非道な行為といってもいい。


 男子高校生の探究心を舐めないでいただきたい。罠だと思っても、気になるものは気になるのだ


 いったい、あいつはなにを望んでいる?


 異様に近い距離感には、すこし拒否反応を示しておいた。



 疑念が付き纏うなか午前の授業は終わった。


 休憩時間中の流川は、次々と飛んでくる質問に対応せねばならなかった。


 その美貌は男女共々目を惹く。興味を持たれるのも当然か。


 さすがだな、と流川を見ていると、俺は三つの強烈なオーラを感じたものだ。三大美少女のものであろうことは、いうまでもない。


「いくか……」


 きょうも三大美少女との昼食。立ち上がり、教室から出ようとしたところ。


 制服の袖を掴まれた。


 隣の席の流川だ。


「どこに?」

「あぁ、学食だ」

「私も連れて行ってもらえますか? 学食を体験してみたいのです」


 気持ちはよくわかる。転校当日、学食を見たいというのは。


 だが、俺に頼まれても困る。


 三大美少女の目がある。確実に、やりずらい。


「だよな。じゃあ……」

「私たちといきましょう? 初日なんだし」


 助け船を出してきたのは、瑠璃子だった。


「え、まじ?」

「いいでしょう、一誠くん。新しいクラスメイト、親睦を深めておくのが、お互いのためでしょう?」


 ウインクで合図をしている。


 瑠璃子も俺も、別世界線における流川氷華を知っている。


 現世界線での流川がどうなのか、探りたい気持ちは同じといったところか。


「そうだね、瑠璃子さん」

「あっ、忘れてた」


 瑠璃子はぽんと手を叩いた。


「私は香月瑠璃子っていうの。よろしくね」

「よろしくお願いします」


 続いて、流川の席に近づいてきた悠と神奈がやってくる。ふたりともぎらついた目つきをしていた。


 ひととおり自己紹介を終えて、五人で学食に向かうことに。


 正直、内心バクバクだ。


 男女ともども差し置いて、初日の食事を俺が独占するようなもの。


 実際出て行くときにも、


「四大美少女、全員あの野郎に狩られちまった」

「もはや一誠には黙ってられん」

「資本主義の末路。いまこそ革命の魂を思い出すべし」

「こんなのやってらんねぇぜ……立ち上がるか」


 など、男子から上がる声は物騒なものばかりだ。


 帰ってきてからボコボコにされても文句はいえまい。


 対して、なぜか女子はさして反応がない。俺たちがいなくなってから陰口を叩かれるってパターンかもしれんが。


 この辺が、『最凶ヤンデレ学園』がゲームであると思い出させる要因だ。ふつうなら、俺が爪弾きにされてもおかしくない立場であるんだよな。



「食堂、食堂、食堂~」


 流川は呑気に歌いながら歩いている。俺の考えに気づくはずもなく。


「ほぅ、キミは学食に興味津々みたいだ」

「はい。庶民の暮らしというのは、あまり馴染みがなく」

「うーむ、うらやましい限りだね」


 悠が意地悪そうに返した。


「いけないよ、悠。嫌みに聞こえる」

「ごめん、ごめんって。神奈がにらむと猫みたいだ」

「バカにしない。これまでの実験から、悠の行動は人の不快感を買いかねないとわかっている」

「言動には気をつけるから、睨まない。だよね、一誠くん?」


 突然のパスを渡されてもな。


「悠、困ったら俺に投げるってのはどうなんだ」

「悪いね。ボクは不器用だからね。そんなボクでも、一誠くんは大事にしてくれる。そういう意味では、とっても大事な人。だろう?」

「そうなるのかな。なんだか悠らしくないな」

「どうかな、ボクはいつも同じだよ?」

「怪しい……」


 軽口を叩いていると、流川は上品そうに笑った。


「いいですね、みなさん楽しそうで」

「どうも。せっかくだし流川も楽しんでくれよ」

「えぇ。いまでも充分ですが、もっと楽しくなりそうな気がします……志水くんのおかげで」


 最後の言葉だけ、小さく囁くようだった。


 それを見て、三大美少女は一気に警戒の色を強めた。


 俺も同様だ。警戒する。


 直感だが、流川はこの世界線でもヤバい。


 考えが読めない。


 そうである以上、会話で探るしかない。おそらく、流川以外の四人全員が、似通った考えを抱いているだろう。


 さぁ、化けの皮を剥ごうか。


 転入生、流川氷華。





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