第5話 城館へ至る道

「やっと着いた」


 クソ長エレベーターがフミカたちを運んだ先は、どこかの地下のようだった。

 そこからまた、長い梯子をひたすら登る。


「無理に整合性を取らなくてもよくない?」


 どうせファンタジーなんだから、謎ワープとかでも良かったのに。

 なんて愚痴をこぼしながら手足を動かす。


「大変だね」


 他人事のようにふわふわと浮いているミリルが鬱陶しい。 


「あなたのせいでしょうが!」

「でも、このゲームを楽しみにしてたのは君でしょ? 人のせいにしないでよ」


 イラっとメーターが限界突破。

 フミカはミリルに蹴りを見舞い。

 その拍子に足を滑らせて落下する。


「しまったああああああ!」

「あーあ」


 潰れたトマトが、出来上がった。




「やっと……登り切った……」

「お疲れ様。無駄に時間が掛かったね」


 余計な一言がフミカの神経を逆撫でするも、景色がそんな気分を吹き飛ばす。


「街だ……ははっ!」


 フミカたちが辿り着いたのは、第一城壁都市プレク。

 不死鳥マルフェスに運送されるはずだった街だ。

 

 どうやら裏通りに出たらしい。文字通り、裏道を通ってきたのだ。

 その事実も、フミカの口角を上にする。


「何笑ってんの?」

「いやだってさ、ほとんどのプレイヤーは通常ルートに行ってるでしょ」


 この道を通ったプレイヤーはまだ多くないだろう。

 ちょっとした優越感だ。


「いやあ、天才で困っちゃうなぁ私」

「君がそれでいいならいいけど」


 ミリルはどこか呆れているように見えるが、気にならない。


「寄り道しちゃったけど、私の冒険はこれからだっ!」


 意気揚々と表通りに向かう。

 中世ヨーロッパ風の美しい街並みと、賑やかに行き交う人々が目に映る。

 この時ばかりは陰キャではない。陽キャだった。


「こんにちはっ!」


 フミカは元気よく挨拶して、


「……いたぞ」


 陰気な声と共に振り下ろされた剣を避ける。


「んな、いきなり!? 敵か!」


 一般NPCかと思ったのに、敵だったらしい。

 フミカは棍棒で市民の剣をガード。何回か防いでタイミングを見極める。

 

 今度は、ブレイヴガードを行った。

 ジャストなタイミングでのガードだ。

 成功すれば、敵の攻撃を弾いて、スタミナにダメージを与えることができる。

 

 ブレイヴアタックよりリターンは小さいが、失敗してもガード自体は行われる。

 ローリスク、ミドルリターンな技だ。

 雑魚敵が相手ならば、ブレイヴガードでも十分すぎるほどの見返りがある。

 

 体勢を崩した敵の懐に潜り込んで、頭部を下から打ち上げる。

 鮮血を散らして倒れた敵を、見下ろした。


「どうだ見たか」


 ご満悦なフミカは死体を漁ろうとして、違和感に気付く。

 通行人が全員、立ち止まってこちらを見ている。

 パニックを起こしているわけではない。ただじっとこちらを見ているのだ。

 

 今までのエレブレでは、最初の街の市民は好意的な場合がほとんどだった。

 或いは、こちらから仕掛けなければ無害という中立状態か。

 

 しかしどうやら今作は一味違うらしい。

 そういえば、とフミカは思い出す。


(開発者インタビューで言ってたな。今作は今までと違い、プレイヤーは楔を壊そうとする側なので――)


 その恩恵を受けているアルタフェルド市民からは、敵視されやすい。


「に……」

「どうしたの?」


 固まったままのフミカにミリルが訊く。


「逃げるよ!!」


 慌てて反転し、街の中をがむしゃらに走り出す。

 市民たちもフミカを追い始めた。

 この街の人間は、ほとんどが敵らしい。

 

 街を迂闊に歩いては行けなかったのだ。

 これももしかすると、案内人に聞けたのかもしれない。

 なんて後悔している場合ではない。


「今はまだ死にたくない!」


 次の楔の花を見つけるまでは。

 またあの長いエレベーターと梯子は嫌すぎる。

 煌びやかな街中をがむしゃらに逃げて、脇道に逸れた。

 

 息を殺して隠れたが、どうやら市民たちは表通りだけしか襲って来ないらしい。

 それ以外のルートを通れば、とりあえずリンチされることは避けられそうだ。

 ホッと一息ついて、しかしシリーズ経験者としての血が騒ぐ。


「絶対いいアイテム落ちてるよね……」


 探索するのが困難な場所に限って、有用なアイテムが落ちているものだ。

 が、やはり楔の花を見つけるまで無理をするべきではない。

 

 じゃあ移動しようと思うも、この脇道は行き止まりだった。

 また表通りに戻らなくてはいけない。

 もしかすると、定期的に道を逸れて進むしかないのかもしれない。


「ちょっと面倒だけど、やるかぁ」


 フミカは表通りに戻って、様子を窺う。

 虚ろな瞳の通行人が行き来している。 

 その隙間を縫うようにして、表通りを進む。

 邪魔になる市民を暗殺して、脇道や物陰へのかくれんぼを繰り返して。

 無事、楔の花がある一軒家へと辿り着いた。


「どうにかなったぁー」


 花の前に座って、一息を吐く。

 やられずに辿り着けたのは、ひとえにゲーマーとしての経験のおかげだろう。

 フミカはステルスゲームも好きだった。

 ただし、普通にプレイするよりも、だいぶスリリングに感じる。

 これも、世界に閉じ込められた影響か。

 ゲームパッドを用いる体験よりもストレスが大きい代わりに、達成感も倍増されている気がする。


「楽しそうでなによりだよ」

「悔しいけど、そこは認めなきゃだね」


 ミリルに相槌を打って、祝杯である花の蜜を飲む。

 極上の味だ。

 相変わらずうまい、が……。


「こんな味だったっけ?」


 ほんの少しだけ、味が落ちた気がする。

 いや、気のせいだろう。

 

 花に触って蜜を補給した後、フミカは家の外へ向かった。

 大きな公園が目に入る。

 敵は一人も見当たらない、閑静な公園。


「来たね、ボス戦」

「またボスかぁ」

「今度のボスも、ちゃちゃっと料理しちゃうよ」

「ちゃちゃっと、ねぇ」


 ジトっとした視線を送るミリルを無視して、フミカは足を踏み入れる。

 轟音が前方から聞こえて、木々を薙ぎ倒しながら何かが近づいてくるのが見えた。

 

 巨大な何かが転がってきている。

 ソレは、公園の真ん中で止まった。

 フミカを阻むかのように。


「でっか……」


 その大きさに圧倒される。

 黒鉄の体表で覆われたソレは、しかしそのフォルムをわかりやすく言い表せた。


「クソでかダンゴムシ……」


 そうとしか呼べないビジュアルの虫だった。

 ボス戦へと移行して、BGMと共に虫が動き出す。

 

 装甲虫オルドナー。

 それがこのダンゴムシの名前のようだ。

 現実と同じように丸まったダンゴムシが、現実とは異なりローリングしてくる。


「うおっと」


 フミカは横に飛び退いた。

 さっきまでいた地面をオルドナーが平らにし、ある程度進んだところで止まる。

 

 攻撃のチャンスだ。

 フミカはダッシュして、虫型となっているダンゴムシを棍棒で殴る。

 何発か殴ると、衝撃でひっくり返った。


「う、うおおう」


 ひっくり返ったダンゴムシを、見たことがある人は多いだろう。

 そのビッグサイズが目の前にあった。


「キモい……」


 フミカは緻密に描写された動きを意識しないように、攻撃を加え続けた。




「今回は死ななかったね」

「めっちゃ弱かった……」


 フミカは勝ったが、脳汁ドバドバ状態にはならない。

 攻撃のほとんどが単調で、いとも容易く避けられた。

 

 ダウン状態にも簡単にできたし、負ける方が難しいタイプの敵だ。

 これもまた、死にゲーあるあるなのかもしれない。

 心折れそうになる強敵もいれば、時折、びっくりするほど弱いボスもいるのだ。


「魔女アルフや神聖樹木ボーウに匹敵する雑魚さだった……」


 今頃、オルドナーが最弱すぎる件とかネットで言われてるんだろうな、なんて思う。


「死にゲーなのに、こんな弱いボスもいるんだ」

「一応配置した理由はあるんじゃないかと思ってるけどね」


 片手間で会話しながら、フミカはレベルを上げてポイントを筋力へ振る。


「理由?」

「一種の清涼剤かな。強敵とばかり戦ってたら気が休まらないからね。箸休めみたいなもんだよ」


 オルドナーはきっと、序盤のマルチプレイにおける人気者になるはずだ。

 こういうお手軽なボスは、ストレス発散や稼ぎにいい。

 

 討伐成功率も高いので、安定して経験値を得られる優良なボスだ。

 マルチ好きや初心者、腕に自信がない人は、どんなボスが相手でも協力者を募る。

 そんな彼らと共闘したがる人や、気分転換したい人の需要を満たすボスなのだ。


「箸休めねえ……。じゃあさ」


 フミカは公園を後にする。


「そろそろメインディッシュが来るんじゃないの?」


 というミリルの予想は的中した。

 表通りへと再合流した先。

 プレク城館へと続く門の前で。

 

 フミカはダウンしていた。

 攻撃を受け過ぎたからだ。


「な、なにこいつ……!」


 見上げる視線の先には、大剣を掲げた巨大な騎士がいる。

 なす術なくフミカは叩き潰された。



 ※※※



 門番騎士ガーディン。

 大剣を扱う巨人の騎士で、動作は緩慢的。

 その分、威力と防御力、そしてライフが高かった。

 

 スタミナを削ってダウンさせ、必殺の一撃を食らわせる。

 その攻略法がベストであることをフミカは見抜いている。

 が。


「いつまでそうしてるの?」

「だってぇ……」


 ミリルは呆れて、ため息を吐く。

 フミカが、公園のベンチで体育座りしていた。

 既に20回は殺されている。絶賛新記録更新中。

 

 最初こそ威勢よく挑んでいた彼女だが、突然ぼっきりと心が折れて、公園の片隅で現実逃避を始めてしまった。

 ゲーム世界なので現実とはまた異なるのだが、言葉の綾というものだ。


「勝てないもん。勝てないんだもん……」

「だからってうじうじしててもしょうがなくない」

「でも増援とか聞いてないもん……」


 ガーディンだけならば、フミカでも倒せただろう。

 しかしライフを半分まで削った瞬間、突然市民が湧いてきて妨害を始めたのだ。

 

 市民にかまけているとガーディンに潰されるし。

 ガーディンだけに集中していると、市民にリンチされる。


「でも、倒さないと門の先に行けないよ?」

「あの門はあかないもん」

「……ダジャレ?」


 フミカはミリルを睨むと、膝の中へ顔を埋めた。


(弱ったなぁ)


 こんなところで足止めされるのは困る。

 本懐を遂げるためには、もっと楽しい思いをしてもらわなければ。


「誰かに助けてもらったら?」

「そうしたいけど、マルチプレイできないじゃん」


 フミカはソロにこだわるタイプではないらしい。

 気軽にマルチプレイにも手を伸ばすタイプらしいのだ。

 

 しかし彼女の言う通り、オンライン機能を使うことはできない。

 ミリルはそこまで拡張していない。

 だとしても、打つ手がないわけではなかった。


「探せばいいんだよ、仲間を」

「だからさぁ」

「本気で探せば見つかるよ、きっと」

「確かに、複数戦の時は協力NPCがいることもあるか」


 フミカはシリーズの経験からか気力を取り戻す。


「うんうん、その意気だよ」


 ミリルの助言とは差異があるが、フミカは気付く様子もなく。

 無邪気に、仲間を探しに向かった。



 ※※※



「NPC、NPC……」


 逆走しながら、味方を探す。

 どこかに仲間になってくれる、頼もしい感じのキャラクターがいるはず。

 思い出深いのは、エレブレ2に出てきた騎士エトラだ。

 

 お前如きを助ける義理はないとか言いながら、手助けしてくれたツンデレ美少女騎士。

 助けるのはこれっきりだ。

 というのが口癖の、シリーズトップクラスの人気者。

 

 彼女みたいなのがいてくれれば最高だな。

 そう思いながら、敵だらけの街を進んでいると、


「炎よ!」


 掛け声と爆発音が聞こえた。

 誰かが戦っている。


「救出イベント……!」


 NPCイベントの一種だ。

 敵と戦っているNPCと共闘し、味方を作ることができるもの。

 

 フミカは現場へと急行する。

 そこで目撃した。

 

 緑色の、フリルのついたドレス。可愛らしく装飾されたハット。

 それらを着こなす金髪の魔女を。

 手に持つ杖から放出された炎が、敵である市民を焼き尽くす。

 その様子を、唖然としながら見つめる。


「どうだ、見たか! 魔法少女カリーナ様の魔法はッ!」


 カリーナと名乗った少女は、杖をくるくる回して決めポーズ。

 そして、くうー! と噛み締めるように唸った。


「夢だかなんだか知らないけど、念願の魔法少女になれるなんて! にぃにぃに誘われてゲーム買ったかいがあった――あ?」

「あ……」


 魔法少女カリーナと目が合う。

 驚きのあまり、事実を咀嚼するのに時間が掛かった。

 ようやく理解して、その名を呼ぶ。


「か、桂里奈かりな……?」

文香ふみか……なんでお前がここに!?」


 魔法少女カリーナ改め、カリナ。

 高校の同級生にして幼馴染が、そこにいた。

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