第6話 ヤンキー魔法少女

 冬雷とうらい桂里奈かりな

 文香の幼馴染にして、高校の同級生。

 

 年齢が上がって疎遠になった、いわゆるヤンキーと呼ばれる人種。

 そんな彼女が魔法少女のコスプレをして、こちらに指をさしている。


「こっちのセリフだよ。なんでカリナが……」

「――待った」

「え?」


 制されてフミカは困惑する。

 どうしたのだろうか。


「見たか?」

「見た……?」

「聞いたか?」

「え、あー……決め台詞とか、ポーズとかの話?」


 エレブレシリーズの魔法に、詠唱は不要だ。

 カリーナが放った魔法名は、シンプルに炎ではある。

 

 前述したように、声に出さなくても発動できる。

 ポーズも、いちいち行う必要はない。

 つまり今のはカリナの完全な趣味であって、


「食らえ!」

「うわあああ!!」


 彼女はこちらに炎を飛ばしてきた。

 

「死ね、死ねえ!」

「ちょ、ま、待ってよ!」

「忘れろ! 忘れられないなら死ねッ!」

「魔法少女は八つ当たりなんかしないでしょ!」

「てめえ!」


 顔を真っ赤にしたカリナの攻撃は、魔力が切れるまで続いた。




「つ、つまり……ここは、ゲームの中だって、ことか……?」

「そ、そういう……ことになる、ね……一応」


 互いに息を切らしながらも、どうにか情報共有を終える。

 彼女もフミカと同じ境遇――起きたらエレブレ4の中にいた状態らしい。


「お前みたいなオタクはともかく、なんであたしが巻き込まれてんだ?」

「オタクって……」


 魔法少女ごっこやっていた奴が言うか。


「あぁ?」

「い、いや何でもないよ」


 睨まれたので誤魔化す。

 昔は仲が良かったが、今やどこ吹く風だ。

 

 カリナはすっかり変わってしまった。

 見た目はフミカと同じくリアルの姿が反映されている。

 スレンダーな身体に、金色の髪……。


「あれ? 髪の色戻したの?」


 カリナの地毛は、日本人には珍しい金髪だ。

 それを、以前は黒髪に染めていたのに。


「悪いか?」

「別に悪くはないけど……」

「チッ、なんで地毛で文句言われなきゃなんねえんだよ」


 カリナはイラついた様子だ。ヤンキー怖い。


「で、何の用だよ。あたしは冒険を満喫してんだ。お前に付き合う義理はねえぞ」

「そ、そうだよね。さようなら……」


 と立ち去ろうとするが、ミリルに回り込まれた。


「ちょっと、目的を忘れてない?」

「いやカリナはちょっと……」

「せっかく友達に会えたんでしょ」

「カリナは友達っていうかなんていうか」


 ちらり、とカリナを見る。

 舌打ちと共に睨まれた。やっぱ怖い。


「あんま仲良くないし……属性も違うしさ」


 陰キャにヤンキーの相手は辛すぎる。


「そうなの? わざわざ招待したのに」

「招待って……やっぱりミリルのせい?」

「友達と遊んだ方が、楽しいでしょ?」


 ミリルの言葉に引っ掛かりを覚える。


「一概にそうとも言えないと思うけど。ゲームにはね、ソロならソロの、マルチならマルチの楽しさがあるんだよ。そもそも、友達の有無がゲームの楽しさに繋がるかどうかは――」

「おい、いつまでだらついてんだ」

「ごめん! じゃあ行くね!」


 フミカは逃げるように立ち去る。


「チッ、バカが」


 その背中を見て、カリナが舌打ちした。




「これじゃどっちがダンゴムシかわからないよ」

「うるさいなぁもう」


 フミカはまた、ベンチの上で丸まっていた。

 結局協力者は見つからず、頭打ち状態。

 精神的にも、物理的にも。


「レベル上げれば?」

「もうちょっと、だらっとしてから」


 勝てなければレベルを上げる。RPGの基本だ。

 言われなくてもわかっているが、どうにもやる気が出ない。

 

 ……嘘だ。

 カリナとまた出会ってしまいそうで、行きたくないのだ。


(昔はよく遊んでたんだけど)


 特に仲違いしたわけではない。

 なんとなく距離ができて、そのまま遊ばなくなり。

 

 話すことすら、なくなった。

 数少ない友達を失ったフミカは、ますますゲームにのめり込んだのだ。


「なんか気まずいし……」


 協力すべき局面だと理性では理解できているが、感情が我が儘を言う。

 またもや膝に顔を触れさせようとしたフミカは、


「何やってんだ」

「うえぇ!?」


 カリナの声に驚いて顔を上げる。

 不満げな顔が目に入った。

 キュートな魔法少女服とのアンバランスさが、少し面白い。

 

 が、表情に出ることはない。

 やっぱり彼女のことを、怖いと思っている。


「素っ頓狂な声を上げやがって。一体どうなってんだ」

「……なんの、こと?」

「ここのボスは?」


 カリナが公園も見回す。

 フミカが討伐した、装甲虫オルドナーのことだろう。


「私が倒した……んだけど。どういうこと?」


 フミカはミリルに問う。これがもしマルチプレイだった場合、他人の世界でボスを倒したとしても、元の世界に反映されることはない。

 

「同期したからね」

「世界が共有されたってことか? チッ、余計なことしやがって」


 カリナはイライラしている。

 フミカは反射的に謝った。


「ごめん……」

「あ? なんでお前が謝ってんだ。何も悪いことしてないだろボケが」

「え……えと、ごめん……」

「だから謝んなって言ってんだろ」


 カリナを怒らせてしまった。

 やっぱり嫌われているようだ。

 畏縮しているフミカを見て、カリナはさらに苛立ちを募らせる。


「チッ。で、ここで何やってんだ?」

「次のボスで詰まってるの」

「それでうじうじしてるのか。情けない奴め。ゲーマーを自称しといてこのザマか」

「うぅ……」


 それを言われると弱い。

 フミカの自虐スイッチがオンになりかける。

 その姿を見たカリナがため息を吐いた。


「仕方ねえ。行くぞ」

「え……?」

「あ? わからねえのか? 察しの悪い奴め」


 ごめんと口に出そうとして、


「助けてやるって言ってんだよ」

「ホントに?」

「何回も言わせんな。ぶん殴るぞ」

「それは勘弁して……」


 フミカはベンチから立ち上がると、カリナの隣に立った。


「……いいの?」

「いいが、わかってるな? 助けるのは今回限り、だからな」

「モノマネしてる?」


 彷彿とさせるのは、エレブレシリーズ人気ナンバーワンのキャラクター。


「何?」

「う、ううん。なんでもない。案内するよ」


 フミカは不慣れながらも、ボスまで道案内を始めた。

 敵を暗殺したり、やり過ごしたりしながら、隣についてくるカリナを見る。

 彼女の動作を見ていると、どこかぎこちなさを感じた。

 

 初々しさ、とでも言うべきか。

 カリナがゲーム好きという話は聞いたことがなかった。

 

 死にゲーは、カジュアルなゲームではない。

 ライトゲーマーではなかなか手を出しにくいジャンルだが、なぜ彼女はやろうと思ったのだろうか?


「……何、見てんだよ」

「いや、えっと。どうして魔法使いなのかなって」


 質問が誤変換されてしまったが、訂正する前にカリナは答えてくれた。

 意外にも。


「魔法少女はな。姿を自由に変えられるだろ? 髪色も。だから好きなんだよ」


 しかし、同じように回答もずれていた。


「いやえっと……職業を選んだ理由について聞いたんだけど」


 魔法少女を好きな理由ではなくて。


「てめえ、あたしを騙したな?」

「いやいやいや。まぁなんとなくわかったから」


 魔法が好きだから魔法使い。無難な理由のようだ。

 なんてやり取りをしているうちに、ボス前へと到着していた。

 

「この先だよ」

「ふん。どんな奴が相手だろうと、あたしの魔法でぶん殴ってやるぜ」

「魔法では殴れなくない?」

「あ?」

「す、すみませんすみません。行こう」


 威圧するカリナに気圧されながら。

 赤い霧の中へ、二人揃って侵入した。

 佇んでいた巨人騎士が、侵入者を知覚し動き出す。


「でけえなおい」

「でしょ。デカいし硬いしタフなんだよ」

「まぁだとしても? あたしの魔法で一捻りさ」


 カリナが炎の弾を巨人に向かって放つ。

 動きが鈍重な巨人は避けられない。

 命中した。

 しかし――。


「効いてねえ!?」

「やっぱり、魔法耐性がある!」

「なんだそりゃ! そんな話知らねえぞ!」


 魔法は便利で強力な攻撃方法だが、デメリットもある。

 魔法効果が薄い相手との戦闘は、苦行と言っていいだろう。

 経験者であれば、その対策として予備武器を所持しているものだが、


「くそっ、一体何なんだよ!」


 カリナは魔法を連発するのみだ。

 魔法は魔力ゲージを消費する。

 魔力薬もあるが、この調子ではすぐに枯渇するだろう。

 

 それではダメだ。

 フミカは自然と言葉を放っていた。


「カリナ、撃つの止めて!」

「あ? じゃあどうしろって」

「あいつは私が倒すから、カリナは途中で来る増援をお願い!」

「お、おう……」


 フミカは真剣な眼差しで、門番騎士ガーディンと対峙する。

 攻撃を避け、足を殴る。

 シングルプレイでは気にならなかったが、マルチプレイだと身が入る。

 

 死ぬのは嫌だ。

 というより、死なせるのは嫌だ。

 

 ゲームなら死ぬのは当たり前だけど、今この時ばかりは。

 ライフを半分ほど減らすと、雑魚が湧いてきた。


「こいつらを倒せばいいんだな?」

「お願い!」


 フミカが頼むと、意外にも嬉しそうにカリナは笑った。


「炎よ!」


 ノリノリで叫ぶカリナの杖から炎が放たれ、市民たちを焼き尽くしていく。

 その間に、フミカは単調な斬撃を避けて、足を棍棒で叩き続けた。

 

 とうとうガーディンのスタミナゲージがゼロになって、転倒する。

 フミカはすかさずその巨体に飛び乗って、弱点と思しき頭部まで走り出した。

 

 それを市民が弓で阻もうとする。

 防御行動に移ろうとしたフミカは、


「走れ!」


 と言うカリナを信じて、無防備のまま駆け出す。

 矢が飛来してくることはなかった。

 

 爆炎の音を聞きながら、頭部の前で跳躍する。

 気合の叫びと共に放たれた必殺の一撃が、ガーディンのライフを削り切った。



 ※※※



 カリナは腕を組んで、門の後ろに隠れているフミカを一瞥する。


「チッ」


 いつもの癖で舌打ちが出る。

 それを聞いて縮こまるフミカの姿に、さらなる苛立ちが募る。

 

 いや、怒りの対象は怯えてしまう幼馴染ではなく。

 怯えさせてしまう自分自身だった。


「いぇーい!」


 ガーディンを倒した後、カリナはフミカとハイタッチした。

 高揚感ゆえに自然な流れで行えた勝利を分かち合う行為は、きっともう再現することはできないだろう。

 

 二人は仲が悪いからだ。

 かつてはあんなに仲良く、遊んでいたのに。


(どうしてこうなったんだか)


 理由を考えてみる。

 明確に思い当たるエピソードは一つだけ。

 あの時のことだ。


「金髪って不良の証なんだって! お母さんが見てた昔のドラマで言ってたよ!」


 小学生の時に、そんなことを言ってきた同級生がいた。

 それを聞いた当時の桂里奈は不服だった。

 

 真面目に授業を受けていたし、宿題を遅らせたこともない。

 学校の先生にも不良だなんて言われたことはなかったし、親からも同じだった。

 不良と言われる謂れがなかった。

 

 ただ、地毛が金髪だから。

 それだけの理由で言われたのだ。

 

 桂里奈はクォーターだ。

 祖父母が金髪のアメリカ人。

 ハーフの父親と、日本人の母から生まれた子どもだが、金髪なのは祖父母と自分だけだった。

 

 顔つきは、どちらかというと日本人っぽい。

 初めて会う人にはよく、髪の色を染めていると誤解されてきた。

 ……よくあることだ。

 

 その同級生が言ったことも、いつも通りスルーしようとした。

 しかし、


「桂里奈といっしょの、あの子も不良なんでしょ」


 という発言で、聞き流すことが極めて難しくなった。

 自分が言われるのは平気だった。

 しかしあいつが言われるのだけは耐えられなかった。

 

 あそこで手を出してしまったのが、桂里奈のヤンキー生活の始まりだろう。

 殴った相手にはちゃんと謝られたし、殴ったことを咎められることもなかった。

 むしろ、感謝されたぐらいだ。

 

 あの子はただ無知だった。

 だから桂里奈もそれ以上責めなかったし、何なら今でも付き合いがある友達の一人だ。

 でも、あの子ほど物分かりのいい人間ばかりとは限らない。


 未熟な子どもばかりではなく、成熟しているはずの大人にすらいろいろ言われることがあるのだ。

 これからも、この呪いは続いていくだろう。

 

 でも、もう黙ってはいられない。

 あらゆる手段を講じてみよう。

 そう結論を出した日から、文香とは段々と疎遠になっていった。


(もう遊ぶこともないと思っていたが)


 文香はフミカとしてそこにいるし、桂里奈はカリーナ……カリナとしてここにいる。

 いや、ダメだ、とカリナは思い直す。

 またあの時みたいに、自分のせいで巻き込んでしまうかも、と思う。

 

 だから離れるのが一番いい。そうだ、そんなことを考えていたのだった。

 忘れてはいたが、方針は変わってない。

 未練がましくこの場にいるべきではない。さっさと進んでしまおう――。


「勇気を持って、応じたまえ」

「……なんだよ?」


 ミリルとかいう妖精が目の前に飛んできていた。

 彼女はにやにやと笑っている。


「このゲームのキャッチコピー、なんだってさ」

「は? おい……!」


 ミリルはフミカの元に飛んでいく。

 再びフミカと視線を交わす。


「……」


 舌打ちは鳴らなかった。



 ※※※



 びくびくしながらもつい目で追ってしまい、後悔する。

 そんなことを、フミカは何度も繰り返していた。


(正直な話、カリナがいると助かるけど、でも……)


 カリナはヤンキーだ。そのことがずっと頭をもたげる。

 初めて髪を染めたカリナを見た時の衝撃は言い表せない。

 綺麗な金髪が真っ黒に染められていたのだ。

 

 カリナなりの理由があったのだろうとは思う。

 けれど、あんなに似合っていたのに、と。

 そう強く思わざるを得ないのだ。

 

 素行不良という話と、その染髪が決めてになって、気付いた時には友人を失っていた。

 今は元の金髪に戻っているが、だからと言って関係性が元に戻るはずもなく……。

 なんて思っていると、カリナがこちらに近づいてきた。


「うひっ」

「また変な声出しやがって」


 怒られる……!

 反射的に顔を両腕で隠したフミカは、何のアクションもないことを訝しむ。

 ゆっくりと目を開けて、腕を降ろす。

 そっぽを向く顔が目に入った。


「なっ、なに」

「……くぞ」

「え?」

「さっさと行くぞって言ってんだ」

「い、行くって?」


 戸惑うフミカに、カリナは顔を背けたままだ。


「いっしょに行こうってことだよ」

「いいの?」


 ガーディンを倒す前と同じようなやり取り。

 だが、その意味は明確に異なる。

 念を入れた確認を受けて、カリナは背を向けてきた。


 「勘違いするなよ? お前を助ける義理はないが、旨味はありそうだからな。ゲームの知識もあたしより上だし」

「……エトラって知ってる?」

「あ? 誰だそれ」

「ううん、なんでもない。わかった、ありがとう」

「お前こそ、いいのかよ?」

「うん、いいよ」


 拒否する理由が見当たらない。

 フミカが承諾すると、カリナがすたすたと歩き始めた。

 

 その背中を、慌てて追いかける。

 公園で遊んだ、幼きあの頃のように。


「あの、さ」

「なんだよ」


 いっしょに歩きながら、フミカは吐露する。

 正直な感想を。


「金髪の方が、似合ってるよ」

「うるせえ。ダラダラした分、取り戻すぞ」

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