馬耳東風

「根本さん、今日の放課後、図書委員の仕事あるよ」


 なんとかお弁当を食べ切り、美湖ちゃんにぐずぐず言ってたら、仙波君が話しかけてきた。いつも何かを忘れがちな私に声をかけてくれる親切な人だ。

 短い黒髪で背はそんなに高くない。繊細そうな白い顔。真面目でしっかりしてて、シャツのボタンも上まできっちり閉めるタイプ。

 でも、私はある違和感に気付き、仙波君の顔をじっと見つめた。すると、普段は冷静沈着な彼の顔がジワッと赤くなる。


「仙波君、眼鏡は?朝はしてたよね?」

「えっ」


 なんで動揺した?私は立ち上がって、仙波君に詰め寄った。「唇衝突事件」の犯人?は、多分眼鏡をかけていなかった。美湖ちゃんの言ってたシルエットならぼんやり覚えてる。


「眼鏡どうしたの?」

「さっき落として割れちゃって……念の為持ってたコンタクトレンズしてる」

「体育の後、私に話しかけた?」

「え?あ、いや?う、ううん?なに、どうしたの、急に」


 しどろもどろ。怪しい。さらに問い詰めようとしたところで、5限目の予鈴が鳴る。かなりグレーだけど時間切れ。仕方ない、委員の仕事してる時に聞こ。



 でも授業が終わると、仙波君は逃げるように図書室に行ってしまった。どうせ同じ委員なのに。私は疑念を晴らすべく、校舎2階の外廊下を小走りに急いでいた。気分は名探偵!

 廊下を渡り終え、建物の中に入ろうとしたら、入れ違いに出て来た生徒とぶつかった。


「うわ!」

「ごめんなさい!」


 ぶつかった拍子にその子が抱えていた本が床に落ちる。慌てて拾い集め、渡そうと顔を見たら、同じ中学だった浩太だ。今は別のクラスだけど、顔を合わせれば、馬鹿な話で盛り上がるくらいには仲がいい、と思ってる。


「浩太。何してるの」

「えと……図書室で本借りてきた」

「本なんて読むの?」

「失礼だな。まあ、先輩に読めって言われた漫画だけどな」


 うちの学校は、内容に問題なければ漫画も置いてある。主に少年漫画なのは司書さんの趣味だろうか。確かによく見れば、浩太の持ってる本はカラフルな絵が描いてある。私は笑いながら浩太に残りを渡して立ち上がった。


「だと思った」

「うるせ」

「でもなんで急に?」

「今度、新歓で出し物やんの。全員でこの漫画のキャラになってデモンストレーション」

「面白そう!浩太は何やるの?」

「分かるだろ」

「言えよぉ」


 ふざけて拳で軽く腕を押すと、浩太はくすぐったそうに身をよじった。サッカー部の浩太は細身だけど、背も高くて筋肉質だ。私の手の方が痛くなりそう。

 まさか浩太かな。でも髪のトップはツンツンでシルエットが違う。私はまたもやじっと男子の顔を見てしまう。いつもふざけてばっかりだけど、浩太ってよく見ると、いい顔してるんだよね。

 通った鼻筋に、上がった眉、ちょっと垂れ目の三白眼。ちょうど浩太が持ってる海賊ものの漫画に出て来るキャラに似てる。これでストレートの金髪だったら完ぺき。私の好きなキャラだし、前に似てるって言ったら喜んでたな。

 ジロジロと観察するうちに、浩太の日に焼けた頬が朱に染まってくる。


「……なんだよ」

「分かった、あれだ、料理人の役」


 ドヤ顔で言ってみたら浩太はさらに何か言いたそうな目で私を見下ろした。


「根本ってさあ……」

「ん?」

「記憶力悪い?」

「唐突なディスり!なんで!?」


 むかついてちょっと睨んだら、浩太はなんだか寂しそうな顔をしてる。えーと、なんで?傷ついたのはこっちなんですけど?


「さっきさ……いや、なんでもない」

「何?気になる!」


 思わず手を伸ばしたら、さっと躱されてよろけてしまった。でも転びそうになったら腕を掴んでくれて、倒れなくて済んだ。もう、どういうことよ。

 気まずい沈黙が満ちて、傾きかけた午後の日差しが私たちの間に影を作る。そのままじっと浩太を見上げていたら、背後でガタッと音がした。振り返ると、顔を真っ赤にした仙波君が立っているのが見えた。


「あの……君ら、そういうの2人きりでやってくれない?」

「そうする。帰っていいよな」

「うん」

「え、ちょっと待って、私の仕事……」

「もう今日は帰っていいよ、僕がやっとく」

「えええ?どゆこと?」


 抗議も虚しく、浩太は私の腕を掴んだまま、ずんずん歩いて行く。ほんと意味わかんない。あれ?わかんないの私だけ?



 その後、なぜか浩太と一緒に帰ることになった私は、あれだけ知りたかったコトの真相とやらをアッサリ聞かされる。

 昼休み、デモンストレーションの衣装合わせをしようと集まっていたサッカー部。浩太は1人で水飲み場にいた私を見かけ、金髪の仮装をしたままドッキリを仕掛けようとしたら、あの事故が起きたという次第。なんて人騒がせな!

 あれは私が泣いてるのかと思って動揺して謝ってたんだって。でもこっちは見えてないし。声が聞こえなかったのは浩太が自分の口を押えてたから?


 仙波君はたまたまその現場を目撃し、慌てて去ろうとしたら眼鏡を落として割ってしまった被害者。人に言い触らす人じゃなくて良かった。

 タオルを見つけた浩太は、気まずいので杏璃君に頼んで私の様子を聞きに行って貰い。私がいない隙に資料を借りに行ったら、帰りに出くわし、当の私は何もなかった顔をしてたって訳ね。

 そりゃそうでしょ、目に砂入って誰かわかんなかったんだから。


「しょうがない。春一番のせい。もう気にしないよ」

「……いや、そこは気にしてほしいっていうか」

「なんか言った?」


 浩太が隣で何かボソボソ言ってるけど、謝罪以外に何か言いたいことがあるならハッキリ言ってくれないとね。


 まあ、当分は聞こえないふりをしておこうと思う。

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嘘つきたちの春一番 鳥尾巻 @toriokan

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