第12話
開口一番、楓の真面目な声が響いた。
「反省しています」
五月、大型連休前の月曜日、土曜日の出来事を晴れ空のもとでいつものように話していた。
口外しないほうがいいのは分かりきっていたけど、僕は中々隠し事ができない。それに、天野楓は口だけ堅い。
「夏恋を苦しめるような噂横流ししてたんだから、天野楓ニュースは打ち切りだな。謝れ」
「噂を横流ししてたわけじゃねぇよ。西川の内面まで勝手に妄想してたのは悪かったけど、冬真との話題として提供しただけだ。西川夏恋という武器を手に入れたからって、急に威勢よくなるなよ。お前は喧嘩の強い友達と仲良くなった小学生か」
楓は不機嫌そうに指でコーヒー缶の底をつつく。ちなみに、僕は柄にもなく乳酸菌飲料を飲んでいる。
「虎の威を借る狐だろ。わざわざ馬鹿にした言い方するな」
「にしても、西川が整形していて、自分を上手に受け入れられなくて苦しんでるとはな。クラスの奴が聞いたら間違いなく大騒ぎだ。冬真、絶対に口滑らすなよ。そもそも、お前の話を聞く人間なんて、俺以外にいないだろうけど」
反論なんてどこ吹く風といった楓が、缶のプルタブを弄びながら言った。
「僕は整形で大騒ぎするような、若さで武装した過激集団が嫌いなんだ」
「お前はクラスメイトを一体なんだと思ってるんだ」
「偶然寄せ集められて、同じ空間に存在しているだけの人間」
端的に返すと、楓の複雑な顔が向けられた。
「倫理の話でもしてるのか。じゃあ、倫理的に問うけど、冬真は西川の整形についてにどう思ってるんだ」
「どうって、別にどうとも」
一言で返すと、楓が頭を掻きながら笑った。
「お前と話してると、たまに頭おかしくなるんだよな。面白いからいいけどさ。意外だったとか、悲しかったとか、苦しかったとか、話聞いて思わなかったのか」
「当然衝撃受けたし、虚しいなと思った。でも、それ以上になんか混濁した感じがあったかな」
「なんだ混濁って。もう一度言うけど、お前と話してると、たまに頭おかしくなるんだよ。なんで急に意味不明な言葉混ぜてくるんだ。詳しく説明しろよ」
夏恋の世界が自分の世界に入り込んでくる感覚だよ、なんて説明をしたら、余計に頭おかしくなるだろう。
混濁って言わなきゃよかったか。
「説明できたら苦労しないよ。混濁は混濁なんだから、これ以上説明の余地がない」
「分かった。歌詞を言うドッキリでもしてるんだな。今のところ、ただ俺がイライラするつまんねぇ結果だけど」
「そんなつまらないことしない。逆に楓はどう思ったんだ」
楓は缶を地面に立たせて、難しそうな顔で腕を組んだ。
「まずは、悲しい話だなと思ったし、西川は運悪かったなと思う。ただ、今現在の美貌から考えると、元々顔立ちは整ってるほうだったと考えるのが自然だ。だから、容姿が悪くていじめられたっていうのは、事実と違うと思う」
「嘘をついているようには見えなかったけどな」
「違う、違う。要は、悪いと思われた部分を執拗にフォーカスされたんじゃないかってことだよ。そりゃあ、本人は容姿が悪いから攻撃されたんだと思ってるだろうよ」
「一理あるね。具体的な話は目のことについてしか聞いてないし、楓の言う通りかも。容姿がいいから攻撃されたって考える方が納得できる。本人には口が裂けても言えないけどね」
僕らは、行動と感情を単純に繋げられる生き物ではない。裏返り、翻り、覆る。一番厄介なのは、行動や言動だけを切り取ったときに、感情や状況が無視されることだ。
「しっかしまぁ、難しい話だよ。なにか意見するのも憚られるぜ。一つの正解でも、もう一つの見方からは大不正解で魔女狩りスタートだ。いつのまにか処刑台に立たされていそうな気がしてならない」
期待していた通り、柔軟で冷静さのある楓の言葉に強く頷く。
「とにかく、善悪とか、良し悪しとか、限られた画一的な基準で向き合っちゃいけないんじゃないかな。絶対に足りないと思う」
「そうだな。でも、あれはなし、これもなしって言い過ぎて、逆に正解が生まれるのも考えものだよな。堂々巡りだ」
「だから、逆にこれもあり、あれもありって正解を絞らないほうがいいんじゃないかな。二元論に当てはまらないぐらいの考え方をしなきゃいけないと思った。枠を作って、勝手に当てはめちゃいけないんだと思う。もっと、色んな角度、色んな局面から総合的に捉えないと」
楓がやりたくないことを投げ出すみたいに両手を頭の後ろで組む。
「あーあ、大変な時代になったもんだ。常識とか道徳が少しは楽にしてくれればいいのにな。姿と形はありゃしない。あいつらもう役に立たないぞ。クビだクビだ。明日から来てはいけませーん」
「本当だよ。先生達が教える正しさも、もう正直信じられないよね。所詮一つの見方に過ぎないから」
「お前は全然先生の話聞いてないだろ」
言い返す言葉を探そうとしたとき、陽気な音楽が校庭の方から聞こえてきた。目を向けると、男女計五人のグループが、校舎の壁を背景にスマホの前で指を動かしながら踊っている。なにやら楽しげな様子だ。
「はぁ」と、思わず吐息が漏れた。
「どうした、どうした。冬真はああいうの嫌いだもんな」
「いや、嫌いっていうより、なんか虚しいなと思っただけ」
楓がしていたように頭の後ろで腕を組むと、楓は指で長方形を作って、楽しげな男女にレンズを向けた。
「普段、俺たちは一体なにを見ているんだろうな」
楓のレンズの先を追う。動画撮影を一時中断した様子の面々は、くしを使ったり、手鏡を用いて前髪をしきりに直していた。
言葉にならない悲鳴が不完全燃焼のまま灰になって散る。
「さぁね、目にしたものが全てだと信じられなくなってきたことだけは確かだよ」
「本当に誰か正解くれよな。俺らは背骨抜き取られてるんだっつーの」
「ついででいいから地面に足つけてほしいよね」
同調すると、楓はレンズを閉じて僕に向き直った。
「冬真、今後どうするんだ。明確にやっていいことはないけど、やっちゃだめなことはたくさんある状況だから、西川を元気づけたいなんて宣言したところで相当難しいぞ」
「やっちゃいけないことって好きになることだろ。大丈夫だよ。冷淡な現実主義者には変な気を起こすメカニズムが備わってないんだ」
「恋愛関係がダメって言ってるんじゃない。俺が心配なのは、学校の誰かに西川と冬真が仲良くしてる事実漏れてしまうことだ。今後はあんまり迂闊に行動するなよ。誰かに発見されたら解決策ないだろ」
「エサを用意して買収すればいいんじゃないかな」
楓の懸念がごもっとも過ぎて、適当な冗談を返すしかなかった。
「スパイ映画じゃないんだから、そんな上手いこといくわけないだろ。買収成立よりも先に、冬真の居場所がなくなるだろうよ。冷淡な現実主義者に徹する生活が一瞬にして消し飛ぶぞ。毎日若さで武装したクラスメイトに、ダルく絡まれ続ける学校生活送りたいか? 」
「それは絶対に嫌だ。絶対に、絶対に、絶対に、嫌だ」
「だろ。だから、今後は慎重に慎重を重ねて行動するべきだ。西川とゲーセン行っただの、クレープ食べただの、夕方までちゃんと遊んでた様子じゃんか。勝手に軽い遊びだと思ってたわ。正直、結構危ない橋渡ってたと思うぞ」
楓が真剣な眼差しで忠告した。
ありがたく受け取っておくべきなのは間違いないので、「分かったよ」と言った時、喉が圧迫されて鈍痛が生じた。
息ができなくなる。
「夏恋ちゃんと歩いてたのお前か」
背後から、低く殺気のある声が聞こえた。
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