第11話

 商品が乗ったトレイを受け取ってテーブル席に座る。二人は今マクドナルドに来ていた。


 誘ったのは優太朗だ。いつもの待ち合わせ場所にやって来た奏に、


「マック行こうよ」


 とさりげなく言うつもりだったが、実際には、


「マママママック行く?」


 とカミカミになって、ママが二人錬成された。友達を遊びに誘ったこともない優太朗だから、当然、女の子をデートに誘うなんて初めてのことだった。


 自分から初めて誘ったデートの行き先にマクドナルドはふさわしくないと優太朗も分かっていた。高校生だからオシャレなレストランとかは無理にしても、せめて、せめてスターバックスだろうと。


 しかし優太朗はスターバックスに行ったことがなかった。それなら慣れない場所に行ってヘマするよりも、ホームグラウンドで戦ったほうがいいと考えた。


 彼女は僕が陰キャだと承知の上で告白してきたのだから、これくらいなら受け入れてくれるだろう、と初めてのお付き合いで不安だらけの心に言い聞かせる。


「まさか、ゆうゆうから誘ってくれるとはね。マックってのが、らしいけどね」


「ごめん、もっと違う場所がよかったよね」


「ううん、全然OK。久しぶりに食うマックって超おいしいから」


 へへ、と奏は笑った。優太朗はほっと息を吐いた。


 でも、すぐにまた不安が泡のように浮かんできた。今回は大丈夫だったけど、次回は? いつか愛想をつかされるんじゃないだろうか。


 そうならないために、いいところを見せなきゃと思った。ちょうど数日前に会話の仕方の本を買って読んだところなので、まずは会話をリードして盛り上げることにした。


「……」


 思い浮かばなかった。本を参考にして話しかけようとしたが、最初の一言が全然思い浮かばなかった。優太朗は逃げるようにドリンクを手に取り、ストローを口に咥えた。


 奏は優太朗が飲んでいる姿を、ハンバーガーを食べながらじっと見ていた。


「桃好きなの?」


「まあ……というか新商品だから……」


 優太朗が飲んでいたのは期間限定の黄桃味のジュースだった。


「分かる。アタシもスタバの新しいヤツ全部飲んでるから」


「なんで自慢気?」


 優太朗の指摘を意に介した様子もなく奏は話を続ける。


「ゆうゆうはスタバで好きなのは?」


「……行ったことない」


「えっ!?」


「何?」


 少し睨むと奏は吹き出した。


「フフ、ごめん、ごめん。驚いただけ。じゃあ今度行こーよ」


 気付けば会話をリードされていた。


「……まあ、別にいいけど。そっちが行きたいなら」


 つい強がってしまい、苦虫を噛み潰したような表情になる。


 なんとか挽回しようと思い、頭を働かせる。その結果、


「飲む?」


 自分でもなぜか分からないがドリンクを差し出していた。


「ふぇ!?」


 案の定奏は驚いて、瞬時に顔を赤くした。そして優太朗も。


「あっあっ、い、嫌なら」


 優太朗が慌てて手を引っ込めると、奏はその手ごと包みこむようにドリンクを掴んだ。


「嫌とは言ってない……」


 奏はそっぽを向き、唇を突き出しながら呟く。


「そ、そう……」


 優太朗は大人しくドリンクを渡した。手にじっとりと広がるものが汗なのか水滴なのか分からなかった。


「……」


 奏は優太朗が咥えたストローを咥えて、うつむきがちにドリンクを飲んだ。


「何?」


「なんでもない」


 少し睨まれて優太朗は奏から目を逸らす。


 奏は再び飲みだした。気まずくも心地よい沈黙だった。


「お、おいしかった」


「そ、そう」


 会話は続かず、二人は黙ってポテトを摘まむ。窓の外では雨がしとしとと降っていた。


 優太朗は本を読む前から何一つ成長していなかった。


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