坂田金平、少女を拾うの事

「…………!?」



金平は訳がわからず、ただ呆然と不思議な「棺」の中に眠っている少女の姿を眺めていた。遺体……?ではないようだ。血の気はないが肌ツヤは良く、非常に浅いがゆっくりと呼吸をしているように胸を上下させているのがわかる。「棺」の内部は真綿にでも詰め込まれているのか、少女の体に合わせて落ち窪んだ柔らかい素材でその身体を守っていた。


何か聞き慣れない甲高い音が断続的に聞こえた後、竹のような「棺」は振動をやめ。完全に沈黙した。隙間から漏れ出ていた重たげな白煙ももう出てはいない。



「…………?」



金平は始めかと思った。この暗がりである、また見ている自分も突然の思いがけない遭遇に動揺し、冷静に観察できていないせいだと思った。が、どうやら見間違いではないらしい。




「…………な、え?ええっ?」



完全に目を開けた少女は今度は瞬き一つする事なくそのまま焦点の合わぬ目を虚空に泳がせている。これは一体どういう事か!?この少女は人も通わぬこの筑波の秘境の、この「棺」の中で立ったまま独り眠り続けていたというのだろうか?何年?何十年?それとも……



「ふわああああああ……」



金平の混乱をよそに、少女は人目もはばからず大きなあくびをした。生えたばかりのような愛くるしい前歯を見せて少女はムニャムニャと顔の筋肉をほぐすように表情を七変化させる。ようやく覚醒したのか、両腕を下げたままううん、と唸って背伸びをすると、少女は「棺」の中から一歩踏み出して、金平の方へ近づいた。



「な……お、おい……」



ぎこちない足取りで少女は歩く。まだ全身の筋肉や関節がこわばったままなのか一歩歩くごとに難儀そうに身体をふらふらとさせる。三歩歩いたところでとうとうバランスを崩してつまづきそうになった。



「わっ、わわっ!!」



金平が慌てて少女の駆け寄りその身体を支える。年はまだ数えでかそこらといったところか、服を着ていないかと思い少し戸惑った金平だったが、よく見ると少女は体に密着した白い肌着に身を包んでいた。うっすらと光沢のあるその肌着の表面が乏しい薄明かりを反射させてキラキラと光る。


少女は初めて焦点の合った目を見せた。少女は物言わずじっと金平の顔を眺め続ける。長い沈黙の後、少女は金平の膝に抱きつきながら、初めて言葉を喋った。



ととたま……!」



……一瞬、金平は少女がなんと言ったのか聞き取れなかった。いや、正確に言えば自分の聞き間違いだと思ったのだ。



「ん?今なんつった?まさか俺のこと『父ちゃん』って呼んだりしてねえよな。ははは……」


ととたま!!」



今度はハッキリと大きな声で言った。満面の笑顔を浮かべて。



「誰が父ちゃんだコラ!!」



金平がいつもの調子で反射的にツッコむ。少女は一瞬ぽかんとした顔を見せ、やがてその目にみるみる涙を溢れさせてくる。



「あ、いや、ちょっと待って、おい……」


「ふぎゃあああああああ!!!!!!」



少女の泣き声が広い洞窟内に響き渡る。固い岩盤に覆われた岩肌は効率よく少女の泣き声を乱反射させて金平の耳を容赦なく苛んだ。流石の金平もこれには堪らず、両手で耳を塞ぎながら大慌てで少女をあやそうとする。



「あああああわかった悪かった俺が悪かった!!だから泣き止んでくれもう!!」



そんな程度で泣き止む少女ではない。一層激しく泣き出し、金平の裾を掴む。金平は困り果ててとりあえず少女を掴み上げて頭上に高く掲げてみた。あんなに大声で泣き叫んでいた少女は、金平の顔が自分の視線より下にいることに気がつくと、一瞬びっくりしたような顔になりピタリと泣き止んだ。そしてしばらくぼーっと金平の顔を見続けると、今度は声を上げて笑い出した。



「ほーら高い高い。そーれっ」



金平が必死になって少女をしてあやす。額に脂汗が流れてくる。こんな苦労は鬼や魔物を相手にした時だって感じたことは無い。少女はさっきまで大泣きしていたのも忘れて大喜びで手足をバタバタさせている。金平もようやく手馴れてきたのか、どんどん少女を高く放り上げて行く。その度に少女は喜びの歓声を上げた。



「ほーら、これでどうだあーっ!」



調子に乗って金平は少女をめいいっぱい高く放り投げた。広いと言っても洞窟の中である、いきおい高さにも限度というものがある。少女は天井の岩肌に頭をぶつけてゴツンと大きな音を立てた。



「わー!!わわわわ、わりい!!大丈夫かお前!?」



落ちてきた少女を受け止めて金平が慌ててその頭をさする。幸いコブも出血もしていなかったが、少女はきょとんとした顔を見せて金平の顔を覗き込む。するとすぐにまた大笑いして金平の顔を触ろうとその小さな手足を金平の腕の中でバタつかせた。



「悪夢かこれは……」



金平は今自分の身に起こっているこの異常な現象に頭がついていかず、呆然としたまま機械的に少女を上げたり下げたり繰り返す。少女は金平に向かって、



「にぃ」



と言った。



「にぃ?」


「にぃ!」



少女は金平に笑顔で繰り返して言う。



、にぃ、!」



それ以外の言葉を知らないのか、少女はその二言を繰り返す。どうやら「にぃ」とは自分のことを指すらしい。金平が少女の顔を覗き込みながら



「にぃ?」



と聞くと、少女は再び満面の笑みを浮かべて



「ととたま!」



と答えた。

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