悪路王包囲網、未だ動きなしの事

「…………」


「…………」



三日ぶりに頼義たちの前に姿を現した坂田金平は、出迎える彼女と陰陽師影道仙ほんどうせんに対してなんとも曖昧な表情を浮かべた。予想はしていたが、やはり二人は驚きをもって金平と、彼が抱きかかえる幼女とをかわるがわる見比べる。



「どこでさらってきたんですかその子」



影道仙が身もふたもないことを言う。



「さらってねえよ!!」



金平が唾を飛ばしながら叫ぶ。金平が背負ったの中から顔を出している少女も金平に合わせてシャーッと口を開けて威嚇する。



「金平……」


「違うぞ」


「お子さんがいたのなら初めからそう言ってくれればよかったのに」


「ち・が・う・と言うとろーが!!人の話を聞けお前らーっ!!」



金平は必死になって筑波山で起こった出来事を説明する。お山の頂上近くに隠されていた洞窟の中に安置されていた竹筒のような謎の「棺」から姿を現した少女は、なぜかそのまま目の前にいた金平を「ととたま」と呼んであっという間に懐いてしまった。


困り果てた金平はひとまず少女を抱えていったん洞窟から出ようと試みた。入ってきた時と違って出る時は広い所から狭い所に体を押し込む形になるため、思うように這い出ることができず金平は苦労する。少女はそんな金平に構わずと歩いて一人で先に出て行ってしまう。



「ああ、コラ勝手に先行くなー!ちょっと待てオイ……!」



少女を見失うまいと金平は必死になって体を押し込む。顔も上げられず地面に頬を擦りつかせながらなんとか一番きつい箇所を通り抜けることができた金平は、伸ばした手元の感触に妙な違和感を感じた。外の様子はまだ見えないが、洞窟の入り口は小さな滝壺を囲むように湿った土と小石の散らばる野っ原だったはずである。だが、今自分か触れている地面はいやに平たく、滑らかだった。何か板切れでも落ちていただろうか?金平は怪訝になりながらも最後の一押しで洞窟から抜け出し、ようやくその身を起こすことができた。



「……!?バカな、なんだこりゃあ!?」



立ち上がって周囲を見回した金平は、自分が立っている場所が山の泉では無く、どこかの寺か何かのお堂の中である事に気がついて驚愕を隠せなかった。



「どこだここは!?なんでこんなとこにいるんだ!?」



金平は慌てて周囲を見回す。誰もいない暗いお堂は文字通りだった。今、自分が這い出てきた所を見返す。そこは仏像を乗せる台座の腹の部分で、改めて見直してみても、その中は木枠で組まれた中空を蜘蛛の巣が走っているだけだった。あの不思議な洞窟は当然ながら見る影もない。


金平はその台座の上に鎮座している仏像に目をやる。金平はその立像に見覚えがあった。あの洞窟の中で見た無数の手を伸ばした奇妙な観音像と瓜二つだった。いや、傷の入り具合といい、塗りや金箔の剥げ落ち具合といい瓜二つどころではない、だった。



「…………」



金平には自分の身に何が起こっているのかまるで理解が及ばない。まるで酒に酔って悪い夢でも見ているような非現実的な浮遊感に自分を見失いそうになっていた。



「ととたま」



金平の足元で例の少女がくいくいと彼の裾を引っ張る。金平はようやく自分を取り戻し、そのまま無言で少女の手を引いてお堂の外に出た。


そこはどこかの寺院の中であったらしく、その場に居合わせた僧侶は、突然お堂の中から現れた親子連れ(?)に目を丸くした。聞くと、ここは筑波山の麓にある知足院ちそくいん中禅寺ちゅうぜんじ、通称「大御堂おおみどう」と呼ばれる真言宗のお寺であるらしい。すると金平たちは一瞬のうちに筑波山の頂上近くから麓のこの寺まで移動した事になる。


金平は少女を連れてもう一度あの山道の入り口まで足を運んだ。しかし金平を山頂まで導いたあの山道はどこにも見当たらず、例の呪文を唱えても一向に道が開けることはなかった。少女は金平の背中で何の心配も無いというふうにすやすやと寝息を立てている。


かくして、万策尽きた金平は仕方なしに少女を背負ったまま、頼義たちと合流するために一路鹿島へと足を向けた。



「いやいやいやそれは実に興味深い、継ぎ目のない中空からっぽの箱ですと?その中から少女が現れた。つまり、『』からその子は現れたと、そういう事なのですね金平?」


「呼び捨てにすんなコラ。いやでもまあそういう事だ。なんだよその『うつぼ船』ってのは」


「今その説明をしている時間はありませんね。この三日間、我々も不眠不休で『悪路王あくろおう』を見張っていましたが、頼義どの、いや『八幡神』の神通力がまだ効いているのか、あれ以来さしたる変化は無し。頼義どののお父上のご尽力のおかげで常陸国軍の協力をいただけましたが、事態はまるで進展していません」



影道仙はやれやれといった仕草で両手を広げてみせる。



悪路王アイツはあれから全く動き無しか?」


「ええ、付近の住民には避難を呼びかけて周囲の安全は確保しましたが、我々もそれ以上下手に刺激するわけにもいかず、にらみ合いが続いたままです」



頼義も少々疲れた口調で金平に現状を説明する。見れば頼義も影道仙もあれからずっとここで気を張っていたのか、二人とも疲労の色が隠せない。



「そういえば金平、経範つねのりどのはいかがされたのです?一緒ではなかったのですか」



忘れてた。石岡の常陸国衙こくがで「山の佐伯」たちのいる森を焼き払おうと画策した役人たちを思い留まらせようと図らずも兵士たちに歯向かって大立ち回りを演じてしまい、仕方なしにそのまま放り出してきた佐伯経範さえきのつねのりの存在をすっかり失念していた。金平は事情を説明するとさすがに頼義は険しい顔を見せた。異民族である「山の佐伯」たちとのパイプ役として彼の助力は必要不可欠だが、「お尋ね者」になってしまっては表立って彼を連れ歩くわけにもいかない。まさか国司代行たる常陸介ひたちのすけの子である自分がそのような人物を匿うわけにもいくまい。この先の彼の処遇が難しいものになってしまった。



「彼は無事でしょうか……」


「そりゃああの身体だ。とりあえず満月が欠けるまでは少なくとも死ぬことはねえんじゃねえのか」



金平は少女をおぶったままそう言った。今はそれしか言う事は無い、とりあえずはどのようにして彼を拾い、その後をどうするかはまたその時考えるしかあるまい。金平は大きくため息をついて少女と一緒に天を仰ぐ。その視線の先に


今の今まで動きを見せていなかった「悪路王」が、その首を折り曲げてジッと顔のない顔で金平と目を合わせていた。

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