第19話

 寺院の客室へ案内された赤毛の少女は、ソファーに座った。


 遠く王都からこの地まで、十日間の逃走劇。まったく休まる時はなかった。

 そのうえ、先ほどは強大な兵器を有する敵と戦ったばかり。さすがに疲労を感じ、強い眠気に襲われる。


 そのまま数分で、彼女は夢の中にいた。



「――あにうえ! あにうえ! しました!」

 小さい頃のフィリシアが上機嫌で駆け出す。その先には兄、アルトマンの姿が見えた――


「あにうえ! フィリシアはがんばりました!」


 アルトマンが振り向くと、彼女に向けてほほ笑みを返す。

「そうか。えらいぞ、フィリシア。おめでとう」

 そう言って、彼女の頭を何度もでた。


 とても気持ち良かった。夢の中でもそれは変わらなかった。


「あにうえ! フィリシアはもっともっと強くなって、大きくなったら、ていこくのやつらをやっつけます!」


 すると、アルトマンはなんともいえない顔をする。


「そうか――だけど、兄は美しくなったフィリシアを見たいな」


 幼いフィリシアはよくわからないという表情をした。


「あにうえ? うつくしくなっても、ていこくをよ?」

 そう答えると、アルトマンはやさしい目をしながら――


「そうだな――しかし、帝国よりもっと怖い敵が来るんだ――」

「――えっ?」


 その時、白い人型兵器がアルトマンの前に立ちふさがる。

「兄上!」

「フィリシア! 逃げるんだ!」

「逃げません! 私も戦います!」


 しかし、アルトマンは「ダメだ!」とさけぶ!


「フィリシア、本当に美しくなったな――」

「あ、兄上、こんなときに、いったい何を?」

「バルム聖国へ向かいなさい。そして、援軍を頼むのです」


 フィリシアは頭を横に振った。

「イヤです! 私も一緒に戦います」

「ダメだ! わかってくれ! エドワース!」


 フィリシアと同じ騎士団の白い軍服をきた男性が、彼女の腕をつかむ!

「離せ! エドワース! うわっ!」

 強烈なしびれが襲った。


「い……たい、なにを……」

「申し訳ございません。魔法でカラダを麻痺マヒさせていただきました」

 そのまま、エドワースに抱きかかえる。


「フィリシア。私の愛しいフィリシア。幸せになるのだ。さようなら」


 アルトマンはそこまで声をかけたあと、白いゴーレムに向かって走り出した。


「兄上ーーーーっ!」

 次の瞬間、白いゴーレムが放った巨大な炎がアルトマンに向かった――


『兄上ーーーーっ!』



「――フィリシア様? フィリシア様?」


 そんな声で彼女は目を覚ます。

「――エリーネ?」


 純白の修道服を着た少女がフィリシアの前にいた。ナタリアも同じ白い修道服だったが、彼女は頭にミトラという大きな帽子をかぶっている。


「フィリシア様、大丈夫ですか? うなされていましたよ」

 心配する少女に「大丈夫よ。ありがとう」と礼を言う。


「――やはり、悪夢を見ていたのですね?」

 その質問には応えない。そのかわり――


「あの深紅のゴーレムが兄上のかたきを取ってくれる。それまでの辛抱よ」

 そう彼女は声にした。


 少しの時間、二人は黙ってしまう。フィリシアは部屋の窓から外を見ていた。エリーネと呼ばれた修道服の少女はそんな彼女を見ていたのだが、やがて、こう声にする。


「良かったのですか? あんな約束をして」

「あんな約束?」


「赤いゴーレムのパイロットにですよ?」

「――ああ」


 フィリシアは、タケトに「王都を奪還したら、望みのモノをあたえる」そう約束した。


「もし、国を渡せと言われたらどうするおつもりですか?」


 エリーネの質問にフィリシアは「別にイイわ」と応える。


「フィリシア様!」


「私はね。国なんでどうでもイイの。兄上の仇さえ討てれば――そのためだったら、国でも、このカラダでもくれてやるつもりよ」


 そう言って、彼女は自分のムネに手を当てる。


「なんていうことをおっしゃるんですか⁉ あんな、黒髪の男なんかに……カラダを差し出してもイイなんて。黒髪――つまり、悪魔なのかもしれないのですよ。あの男は」


 黒髪? 悪魔?


「イイじゃない、悪魔でも。私の望みがかなううなら、悪魔だってよろこんで契約するわ」

「そ、そんなことを――」


「でも、そのぶん働いてもらうわよ」

「――えっ?」


 フィリシアは窓から見える風景を眺めながら、こう言い切る。


「敵を殺して、殺して、殺しまくってもらうわ。そう、死ぬまで――ね」

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