第18話
ガルパ大陸は東西に長い形状をしている。
その中央に位置する王都コルネードから西の旧ビザン帝国方面へ、ホバータイプの大型陸上旗艦『バイフー』が走行していた。
「大本営はいったい何を考えているのですか? こんなときに、准将を呼び出すなんて。まったく、常軌を逸してます」
亜麻色の髪を無造作に後ろで束ねた、赤い縁の眼鏡の女性。ハーマイオニー・ビュコック少佐が、そう不満を漏らす。
「――ジャス級十機を損失した件について報告を要求されたからだと言ったはずだが?」
そう応えたのは、レオハルト・デンバーだった。三十代後半の年齢とは思えない、金髪の美形である。
「そんなの単なる口実だと准将もわかっているのでしょ? その程度の報告をわざわざ前線司令官から直々に行う必要はありません。そもそも、AFを失ったのはバッハ大佐の失態ですよね? これはあきらかにいやがらせです。これ以上、准将に功績を上げさせないための――違いますか?」
もちろん、そんなことはレオハルトもわかっていた。
今回の侵攻はあの赤いAFが登場するまで連戦連勝。もはや、前線指揮官レオハルトの功績は疑う余地もない。
そうなると、それに見合うポスト用意しなければならないのだが、ここに来ての『損失』はそれを良く思わない輩には願ってもない『朗報』だったのだろう――
「まあ、それだけでもないだろうがな……」
腹心に聞こえない小声でレオハルトはそうつぶやいた。
自分たちが本国へ呼び出されたタイミングで、謹慎を命じたばかりのバッハ大佐が司令官代理に任命される。それも本国からの命令だった。
バッハ大佐は連合軍総司令官、ムーア大将の血縁にあたる。そのあたりの事情を鑑みての人選だろう。バッハ自身が総司令官に泣きついた可能性だってある。
そうだと言って、命令を無視するわけにもいかない。
「――ったく。能のないヤツは、そういうところばかり頭が働く」
「准将、なにか言いました?」
彼女の質問に、「いや、なにも――」としらばっくれた。
「それだけ、今回の件を問題だと判断したからだろう?」
一応、自分の補佐官へはそんなふうに考えを述べる。
しかし、彼女の不満はおさまらない。
「それが問題と思うなら、なおさらそのような敵がいる状況で准将を本国へ呼びつけますか? そのほうが、よほど危険な行為だと誰だってわかります。それとも、上層部はそれもわからない無能ばかりなのでしょうか?」
自分のことを思って、彼女は怒ってくれているとは重々承知しているのだが、さすがに言い過ぎである。
「――今の言葉は、大本営に対する反逆と
そう忠告するのだが――
「私はデンバー准将の部下であって、地球国家連合軍に忠誠を誓ったつもりはありません」
それも問題発言だな――
苦笑いをするレオハルトだが、ここは話題を変えることにする。
「そうそう、少佐。お父さんは、まだパナマの大本営近くに住んでいるのだろ? せっかくの機会だ、親孝行も兼ねて会いに行くとイイ。そうだな、私も久しぶりにお会いすることにしよう」
するとハーマイオニーの表情がパッと明るくなる。
「本当ですか⁉ きっと、父も喜んでくれます!」
ヤレヤレ、部下の機嫌取りも楽じゃないと、レオハルトは顔を背けてため息をつくのだった。
しかし、彼女に言われるまでもなく、このタイミングで前線基地から離れるのはかなりリスキーだと、彼も考えていた。
なにより、あの赤い機体。あれが基地に攻めてきたら、ジャス級では歯が立たない。
自分自身で直接戦ったのだ。あの機体の性能、そして、パイロットの能力は重々承知している。
今、思い出してもワクワクする――それほど、あの戦いは楽しいモノだった。
「——宇宙移民解放軍の生き残りみたいなことを言っていたが、声は少年だった。いったいどういうつもりで、あんなことを言ったんだろう――まあイイか。いずれわかることだ」
そうレオハルトはつぶやく。
ただ、あの赤い機体が王都へ攻め入る可能性はほとんどないとも予想している。あの機体にどうやら飛行能力はない。となれば、移動に相当の時間を有するためだ。また、理由はわからないが、稼働時間にも制限があるようだ。
しかし、あの機体と同等の何かを敵が保有している可能性は十分ある。
そして、王都にいた赤い髪の少女が使った『魔法』と思われる技。剣をふるっただけで、AFの装甲にキズを付ける――そんな魔法が他にもたくさん存在するなら、この世界の人間も侮れない。
「まあ、考え過ぎだとは思うが――」
そうつぶやくと、亜麻色の髪の補佐官が「また、なにか言いました?」と聞き返した。
「そろそろ、お茶の時間だな――と言ったのだ。少佐も付き合え」
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