第二章 奪還
第16話
大きな人型の岩山の前で幼女が泣いていた。
彼女はこの国の貧しい農村で生まれ、五歳までその村で育った。
あるとき、聖職者の姿をした男たちが現れると、『この子には聖女のチカラがある』と告げた。そして、町へ連れて行くと彼女の両親に伝える。
貧しい暮らしをしていた家族は、その男たちの話を断らなかった。実のところ彼女はカネで売られてしまったのだ。それを彼女が知ったのは、少し先になってのことである。
両親に捨てられ、とある町の大きな寺院で暮らすことになった彼女は、修行と言われて、毎日、ヘンな訓練ばかりさせられた。
「ナタリア、アナタのチカラでこの世界は救われるのよ。だから、もっとがんばりなさい」
大人たちはそんなことを言う。
正直、幼い彼女にとって、世界がどうのこうの言われても、意味がわからなかった。
ただ、やりたくもない訓練をさせられている――そういう思いしかなかった。
(でも、しかたない。だって私は親に捨てられたのだから――)
幼いながらも、そう割り切って、毎日を過ごした。
それでもつらくなって、あるとき、大人たちの目を盗み、寺院を抜け出した。そして、寺院近くの岩山の前までやってくる。人の姿をした、不思議な岩山だった。
「もうイヤ。帰りたい。おうちに帰りたい。ママに会いたい――」
泣きながら、彼女はそう声にした。
「――なんで泣いているの?」
突然、声をかけられ、彼女は頭を上げる。そこに少年が立っていた。黒い髪で、年齢は自分と同じくらいだろうか?
「だれ?」
そう問いかける。
「ボク? ボクはボクだよ」
「……なまえは?」
男の子は悩んだ顔でしばらく
自分の名前がわからない?
ヘンな子だとは思った。だけど、そんなことはどうでもイイ。
「ねえ、なんで泣いているの?」
「――かなしいから泣いているの」
「なんで、かなしいの?」
どうして、そんなことをたずねてくるのだろう――そう思ったのだが、彼女は親と離れ離れになって、この町でイヤな訓練ばかりさせられている――そんなことを話した。
「ふーん。だったらボクとたのしいことをしない?」
たのしいこと?
「それはなに?」
男の子は腕組みして、「うーん」と唸ったあと――
「それじゃ、かげふみしよ!」と言ってきた。
それから二人はしばらく影踏みで遊んだ。
楽しかった。本当に楽しかった。笑ったことなんて、いつ以来だろう――
男の子も楽しそうに笑っていた。結局、疲れるまで走り回った。
いつの間にか、岩山のそばで彼女は寝てしまう。寺院の大人たちがそれを発見したそうで、目が覚めるとベッドの中にいた。
それからもイヤのことがあると、その岩山へ行った。すると、必ず黒髪の男の子が現れる。
いろんな遊びをして時間を過ごした。男の子と一緒にいると、どんなにイヤなことがあっても、それを忘れることができた。
あるとき、ナタリアはこうたずねる。
「ねえ、この岩はどうして人の形をしているの?」
すると、男の子はこう言った。
「これはね、この世界の守り神なんだ」
「まもりがみ?」
「うん。ナタリアが危ない目に
「たすける?」
男の子の言っていることがよくわからない。でも、なんとなくうれしかった。
「ほんとうに私をたすけてくれるの?」
「うん、もちろん!」
「それじゃ、やくそく!」
そういって、ナタリアはカワイイ小指を差し出す。男の子も小指を出して、ナタリアのそれに絡めた。
「ウソついたら、神様にしかられる!」
そんなおまじないをして、二人で笑った。
この少年と一緒なら、どんなことも我慢できる。
幼いナタリアはそう思っていた。
しかし、それも長くは続かない。
あるとき、ナタリアがいつものように岩山へ行く。その時、大人たちにつけられているとも知らずに。
彼女がいつも寺院を抜け出しているので、彼らは不審に思ったのだ。
そして、その黒髪の少年と一緒にいるところを見られてしまう。
「誰だ、キサマ!」
突然、寺院の男性にそう怒鳴られて、ナタリアは泣いてしまう。
「黒い髪⁉ なんて不吉な! 二度と聖女様に会うな!」
男性が二人を引き離すと、黒い髪の少年は抵抗した。
「はなせ! このやろ!」
そう言って、男性のスネを蹴った。
「イテッ! この! 悪魔の子め! 待て!」
そう言って、少年を追いかける。
黒髪の少年は逃げ回り、しまいには
「待て! 小僧!」
少年はすばしっこく、なかなか捕まらない。そのまま、山の頂上に達した。
しかし、それではもう逃げ場はない。
「バカなヤツだ。観念しろ!」
男性が少年の脚を
「――えっ?」
その様子を見ていたナタリアは思わず声に出す。
少年は跳んだ――
一番高い位置から、少年は真っ逆さまに落下する。十メートルくらいの高さがあったはずだ。
少年のカラダが地面に
少年が消えた――
跡形もなく突然、少年の姿がなくなったのだ。
「なっ!」
それを見ていた全員が驚いて声を失う。
それ以来、黒髪の少年は姿を見せなった。
時が過ぎ、大人たちはその少年のことを忘れてしまう。
しかし、ナタリアだけは鮮明に覚えていた。まるで昨日のことのように――
そして、約束のことも――
『ナタリアが危ない時には、ボクは守り神を操ってたすけにくるよ』
ナタリアはそれを信じて、待ち望んだ。そして祈った。
そして、黒髪の少年は大きくなって帰って来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます