第10話

「まさかお風呂に入れるなんて、思ってもいなかったな」

 ナタリアに連れられ、やってきたのは大浴場だった。


 タケトの住んでいたスペースコロニーにも大浴場はあった。

 発祥の地名を取って、『日本式』と呼ばれていたその大浴場は宇宙移民スペースノイドいこいの場としてタケトも何度か訪れたことがある。


 寺院の中にある浴場は、それとは比べモノにならないほどの豪華さだった。欧州の貴族社会を思わせる豪華な大理石作り。それに細かな彫刻が施されている。そんな場所に一人で入っているモノだから、ちょっと落ち着かない。


「まあ、気にしないようにしよう」

 浴槽に入る前に、まずはカラダを洗ってから――日本自治区出身だった養父から、タケトは入浴の作法を厳しく教えられた。十八歳になった今でも、彼は律儀りちぎにそれを守っている。


 石鹸――のような石を手にする。

「なんかゴツゴツしているけど、石鹸だよね?」

 擦ると泡が出てきた。それをカラダに塗ろうとしたとき、「お背中をお流しします」という声が――


「――えっ?」

 振り向いて、カラダが硬直した。銀髪の少女がそこにいた。薄い白布をまとっただけで、カラダの線があらわになっている。


「な、な、な、なんで、ナタリアさんが⁉」

 湯けむりで少しかすんでいるが、ナタリアの表情ははっきりと見えた。彼女の真っ白な肌が少し紅潮している。


 はにかんだ表情で彼女はこう応えた。

「タケト様の世界では、他の人にお背中を流してもらうようなことはしないのですか?」

「えっ? い、いや、しないわけではないけど――」

「そうでしたか? それはヨカッタです」と彼女はほほ笑んだ。


 タケトは慌てて背中を向け、うつむく。

(落ち着け。落ち着くんだ――)

 そう自分に言い聞かせるのだが、なところが硬直してしまう。


「それでは失礼します」とナタリアが後方に座る。

 彼女が泡の出る石を擦り、ふっくらした泡を作ると、「それじゃ」とタケトの背中に触れた。

「うわっ!」と思わず声が出てしまう。


「冷たかったですか?」

「うん、い、いや、それほどでも」

「そうですか」


 彼女の柔らかい手が泡を介して背中に触れた。とても気持ちイイ。

 いや、そんなことを考えていてどうする⁉


「あの、ナタリアさん……ボクの気持ちは変わらないから」

 彼女がこんなことをしているのは、タケトにもう一度考えなおしてもらいたいから――そう思ったのだ。しかし、彼女は、「わかっています」と声にする。


「だったら――」

「これは、私個人の気持ちです」


 彼女の個人的な――?


「それって、どういう――」

「私たちは前にもお会いしているのですよ」

「――えっ?」


 彼女と会っている?


「やはり、覚えていなったのですね」

 少し悲しそうな声だった。

「いや、だって――ボクは今日、この世界に召喚されたんだよね? いったい、いつ?」

 ナタリアは頭を横に振る。

「子供のころに、タケト様と私はお会いしてます」


 「――えっ?」

 そのとき、タケトの背中に何か柔らかいモノが押し付けられた。二つのふくらみを感じる。それが何かわかって、ドキドキした。それだけでない。ナタリアの腕がタケトのムネに絡みつく。


、また会えてよかった」

 耳元でそうささやかれた。


 ボクくん? それって、誰?

「ナタリアさん――ちょ、ちょっと」


 彼女は「もう少しだけ――」とより強く抱きしめる。


「あ、あのう……」


 困惑するタケトをよそに、ナタリアはさっと離れると、背中をお湯で流す。


「それではごゆっくり——」

 急によそよそしくなったナタリアは、先に浴室を出るのだった。


(いったい、なんだったんだ?)

 わけがわからない。


 子供のころに、二人は会っている?


 本当なのだろうか?


 実のところ、孤児として日本自治区で保護されるまでタケトには記憶がない。その後、養父となる男性と一緒に宇宙に出たのだ。


 彼女が自分の過去を知っているとしたら、話を聞きだい。そうは思うのだが——どう切り出せばイイ?


「ああ! いろいろありすぎて考えがまとまらない!」


 とりあえず、そのことは後回しにしようと思うのだった。

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