第19話
翌日、いつの間にか寝落ちしていた私は冷たい風によって起こされた。
眠っていた私に掛けられていたのは白色の羽織り。羽織りからは微かに柑橘の香りがする。温かい。
カタクリの羽織りだと確信したが、それにしても不思議だ。どうして起こしてくれなかったのだろう?
戸は押しても引いても少しも動かない。きっと外側から鍵が掛けられているのだろう。
しばらくすると、神職達が来た。手には着物やらお化粧道具を持っている。
「あの、、、」
「どうかされましたか?」
「昨日言っていた儀式というのは、、、」近くにいた神職の人に聞いてみる。聞き流そうにも聞き流せなかった言葉。カタクリが言っていた伝承が頭を過ぎる。
神職の人は手を叩き、言った。「生き神様は特別な血筋の娘。その命と引き換えに月峰神は加護を下さる」
「え、、、?」
声が震え、視界がぼやける。この人達からはきっと逃げられない。
絶望しながらも神職達が持ってきた真新しい巫女服に身を包み、お化粧を済ませ、頭にはカタクリが持って来てくれた羽織りを掛ける。
手を引かれ、外に出た。
太陽は傾き、空は茜色に染まっている。
山道を登り、沢山の人に連れて来られた場所は荒々しい川。川はゴウゴウと音を立てている。此処に落ちたら命はまず助からない。
「、、、カタクリ、、、ごめんね」
この山で生まれ、この山で育った。、、、きっと本当に小さな世界だったと思う。
それでも此処は私にとって大切なものが沢山ある。社から見える外の景色は私を悲しい気持ちにさせたけど、同時に愛しい気持ちにもさせた。
カタクリがいて、美しい山も、水もある。私にとって大切な居場所。
カタクリは優しい神様だ。
人々に親身に寄り添い、願いを聞き受けてきたのだろう。全てを叶えることは出来なくても、私はそんなカタクリが大好きだ。
でも、心残りもある。私はまだカタクリに自分の気持ちを伝えられていない。
ありがとうも、ごめんなさいも、まだ伝えられていない。
それでも、私にはどうすることも出来ない。
私はこの気持ちに終止符を打とうと、荒れる川に身を投げた。
冷たい水を覚悟したが、水の感触は幾ら経ってもこない。それだけじゃない、誰かに優しく抱きしめてもらっている感覚がする。
恐る恐る目を開けると、そこにはカタクリがいた。
「、、、カタクリ!」
カタクリは水に触れるギリギリで浮いている。カタクリが浮いているので私は溺れずにすんだ。それよりも、他の人からしたら驚くだろう。浮いているんだもの。
「大丈夫だ。村の奴らはお前が身を投げて死んだと思っている」
「そうなの?」
「ああ。遅れてすまなかった」
もう聞けないと思っていた声。
私の大好きな声。
温かい声。
「良かった、、、もう会えないかと思った、、、」
「帰ろう。寒かっただろ?きっと神職達がアンズを探しに来ることはもうないから。来たとしてもオレが守ってやる」
「うん、、、ありがとう!」
真実の牡丹 相川美葉 @kitahina1208
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