第一話 魔法のせいなのか?

 魔法の開祖。性別不明の誰かが一冊の書物に一言──『魔法は素手で使えると、生まれ持った才能が無くとも魔法は使える』と煽った。天からの恵みだと喜ぶ者もいれば、社会運動の道具だとして火炙りに賭けようと血眼になって探している者もいる。

 そんな重要な人物から、逃げているだと? あまりにも現実味がなさすぎる……。


「信じてくれない、よな」

「続けてください」


 人は実に嫌になるくらい幼稚な生き物だ。必死になってまで秘めていた想いに耳を傾けず、一蹴してしまうのだから。そんな人達がいる中で、少しでも意欲を持って傾聴するのが医者だと私は思う。


「俺は、何も悪いことをしていない。何なら恩を作った」

「何故追いかけられているんだ?」

「分からない……何もしていない」

「他人に好まれやすい体質でも持ってるのか……?」


 開祖の名前はマズルカ。高身長で、自身の鳥の羽根を魔法の杖代わりに使う獣人らしい。金髪で髪は長く、オレンジ色の瞳が印象的だったと。似顔絵を見たが……言われた通りの見た目をしている。ただ違っていたのは、優しそうな目をしている所。


「とにかく、助けてほしい」

「一応、体調を確認したいので触診だけさせて下さい。良いですか」

「……優しくなら」


 服をへそまで上げさせ、軽く手を当てる。冷たかったのに驚いてピクりと動くが、検査が終わったのですぐに手を離す。心音・魔力の器は問題なし。唯一問題があるとしたら、ストレスで緊張していることくらいだ。


「口を開けてほしいのですが……すいません、手を温めるべきでした」

「いや……違うんだ」


 彼は小さな声で教えてくれた。少しずつ着実に心を開いてくれるが、それと同時に、不条理に対する怒りがふつふつと湧き立ってくるものだった。


「俺、親が欲しかったんだ。保護してくれたあいつは優しくて、料理下手でも上手く作ろうと沢山作り直して……でも、俺が勝手なことして、怒らせて……それで……首の後ろを掴んで、柔らかいベッドに押しつけるんだ。それがとても怖くて……っ、う、ぅう」

「…………」

「ごめん、また涙が……」


 ボロボロと大粒の涙を零し始めて、必死に服の裾で涙を拭い始める。私はそれを見ているのが嫌で彼の背中を優しくさすり続けて泣き止むまで傍に居続けることにした。──これは昔の私に似ている。同じじゃない、でも私が抱いていた悩みに酷似している。


「落ち着いてください。ええと、今は私以外に誰もいません。ですので──」

「う……あぁぁあ…………‼︎」

「──沢山泣いてください。疲れて眠った後に、また少しだけ話しましょう」


 赤と青の耳飾りを付け、部屋全体を包みイメージをして力を込める。気力がなくなっていく感覚を指先から感じるが、徐々に安心感が生まれていく。これが魔法の力。

 彼を追っている者が生み出した、自由を求める悪魔の道具とも呼べる。


「魔法に善悪は無いが……マズルカが君に使う魔法は悪だと思える。私はただの医者だが、自身の意思を蔑ろにする魔法は許せない」


 その人のお陰で私は人生が色づいて考え方が大きく変わったが、そのせいで主知主義──論理的思考が正しいと思える人々が増えた。一見してみれば理性的な社会に見えそうだが、感情的になって意見を押し通すこともたまには重要だ。


 魔法を使って生活する楽しさを、是非彼にも教えたい。誰もが自由に休息をとり、魔法の利便性だけでなく楽しさも教えたくてこの場を作ったのだから。


「禁忌だと言われる魔法も、使い方によっては楽しめる。どうか未知の土地に足を踏み入れる感覚を掴んでほしい」


 診察室のベッドで眠る彼を撫でながら、そう呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Past_Letter 平山美琴 @fact_news_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画