Past_Letter

平山美琴

プロローグ これは恋愛ではないだろう

 色々と面倒になってきた。

 災害──『ゴールドラッシュ』と共に赤い夜が訪れてから、症状に悩まされた患者を診るために睡眠時間が削れてからだったか。積もり積もった眼精疲労がため息を乗せて、考えるのが嫌になって……。

 常に細まった目と無理にまとめた短い白髪が闇医者っぽさに滑車を掛け、それに怯えて診療しない患者がいるのが助かる。


「はぁー……最後の食事は、いつだ」


 久々の買い出し。最低限の食事を得るためのちょっとした時間だが、生きていく上で必ず必要なもの。仕事を切り上げて玄関の戸を開けると正気を失った人達が呆然と突っ立っていた。どこを見ているんだか、支離滅裂な独り言を呟く人は私の弱音も聞き入れないアイツらは滑稽に見えて嫌な気はしない。


 だが、そんなアイツらの中にその人は居た。

 瞳の表面を潤わせた、黒くて短髪の少年の姿。


「──いや、今は休憩時間だ、買い出しをだな」


 彼は唇を震わせて静かに泣いていた。

 すぐ後に、同じ言葉を──

「……帰らない、と」


 私にもまだ良心があったんだなと、私自身に驚く。

 食事に困らない程度の報酬が得られれば仕事をしない。普通、仕事はサボるのに。


 とっさに彼の腕を掴んで、

「あなた、最近誘拐でもされてるんですか」と犯罪者じみたことを口走ったが、その言葉は確かな効力を持って青年の思考を停止させた。


「……あ、いや違……でも、……」

「慢性疲労です。その目のクマと、油で潰れた髪と、不健康な顔色が物語ってる」

「っ、ごめんなさい、家に帰りたくないから誰かに話すのだけは」

「医者の家は病院なんですよ。私は生涯独り身ですし」


 私よりも少し背が高い青年に見えるのだが、精神年齢が追いついていないように見える。接し方なんて、隠している物を見せたいが言い出せない幼児そのものだ。ただ……何故か先程から彼をただの患者として見れていない。


「好き……なのか? いやまさか、見かけて数分だ。空腹で頭がやられているんだな」

「先生、俺……お金ないよ」

「その手に持ってる飯で十分だ」


 食欲がないと生きていけない。彼が何か言う前におにぎりを取り上げて頬張る。……なんだ、美味しいじゃないか。

 反応を伺う彼に、数ヶ月ぶりの営業スマイルを向けた。


「食べてる間暇なので、あなたの話を聞かせてください」


 目を泳がせながら恥ずかしそうに口をもごもごと動かすと、上擦った声で私に教えてくれる。開口一番、想像の斜め上の言葉が気道を詰まらせるとも知らず、私はおにぎりを頬張った。


「俺は魔法の開祖から逃げているんだ」

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