川とその底の黒い影

筆開紙閉

 虚空そらに星々が瞬いている。星々の中に太陽があり、太陽系第三惑星地球がある。またその地球の表面、日本国某所に川がある。この川も季節シーズンにはそれなりに人が集まり、それぞれの楽しみ方をする。カヌーが下っていくことも釣り人やキャンプ客の集まることもある。しかし夏の終わりのこの時期には人もまばら、全く居ないこともあった。時刻が夜であれば尚更である。人工の光の無いこの川辺では夜の星明かりが明るく見える。

 蛍誓けいせいはこの川にたまたま流れ着いた。川の上流の方でエンジンの付いていない手漕ぎの小舟を浮かべ、ここまで流れ着いたのだ。最初は小舟の上で最近入手した布袋寅泰カラーのウクレレを弾いて余暇を楽しもうとしていたのだが、三十分ほど弾いて辞めた。

 蛍誓けいせいは銀髪の青年であった。横髪は髪留めの効果により青く染まっている。目は開いているかどうか定かではない。長袖の白いワイシャツを着て黒いズボンをサスペンダーで吊っている。彼はウクレレを腹の上に乗せて小舟に横たわっていた。

 誰も居ないように見えるこの夜の河畔かはんに人影があった。それに蛍誓けいせいは気づいた。目で見て気づいたのではなく、ニンゲンの気配を感知したのだ。蛍誓けいせいが水面に指を入れると、。女は喪服を着ているようだった。楽しい行楽地に似合う服装ではない。

「お姉さん、こんな夜中に何をやっているんだい?」

 小舟が川岸に着くよりも先に蛍誓けいせいは降りた。仕事柄、濡れることはあまり気にならない性質だった。

「これを沈めるかどうか悩んでいまして」

 女は眼鏡ケースを持っていた。女曰く、昔ここで彼女の恋人が水死し(死体は見つからなかった)、恋人の眼鏡をこの川に沈めるかどうか今悩んでいるらしい。

「それならお姉さん、私が眼鏡を渡してきましょうか?」

 沈めるではなく、渡す。水死した人間の霊が川底に沈殿している可能性は高いと蛍誓けいせいは判断していた。

「よろしいのでしょうか?」

 女から眼鏡ケースを受け取り、蛍誓けいせいは川に潜った。川の深いところでは成人男性の身長よりも深い。

 蛍誓けいせいが川の底に目を凝らすと、何か黒い影のようなものがいくつか見えた。眼鏡ケースを一番近かくの黒い影に近づける。黒い影は首を左右に降った。別人だ。

 また別の影へ蛍誓けいせいは近づいていく。どうやら水死者の多い川のようで眼鏡ケースを渡す相手を見つけるのは難航した。

 ようやく渡すべき影が見つかった。影に眼鏡ケースを渡すと、お返しとばかりに蛍誓けいせいへあるものを渡してきた。

 潜ってから数分後に蛍誓けいせいは浮上した。

「渡してきましたよ。あとこれはお相手からです」

 蛍誓けいせいは水底の影から預かったものを女に渡す。

 それはプラチナの指輪だった。

「ありがとうございます」

 プラチナの指輪は女の左手の薬指にピッタリとハマった。

 蛍誓けいせいはこのあと女から使わない原付を譲り受け、運ぶのに苦労したという。このとき蛍誓けいせいは免許を所有していなかった。


 

 

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