落ちつけ、シキミザワさん

鳥尾巻

コンビニのシキミザワさん

 オレが時々行くコンビニで働いているシキミザワさんは、すぐにテンパってしまう。

 真面目で仕事熱心な彼女は、落ち着いてやれば失敗しないはずなのに、想定外の事態に弱いのだ。


 恐らく大学生。色白で髪はサラサラ、黒縁眼鏡。個人的に話したことはないが、名札を見れば苗字は分かる。

 深夜帯に行くと、いつもアニメソングをかけて、ノリノリで仕事している。オレが入って来たのに気づくと、恥ずかしそうにしながら上ずった声で「い、いらっしゃいませぇぇぇ!」と、元気にテンパってくれる。

 リモートワークで人と接することの少ないオレにとって、彼女が慌てる姿を見るのは、密かな楽しみだったりする。


 先週の夜中に、来週発売のJOMPはないのかと聞いたら、それはもう右往左往していた。


「あ、ああ、あ、来週号のJOMPですか?えーと、えーと、いま、いま、お求めですか?」

「うん、いま欲しい」

「あああああります、あります、ちょっとお待ちくださいぃぃ」

 

 躓いたりぶつかったりカウンターの中のものをひっくり返す勢いだ。肉まんのショーケース揺れてるよ。そんなに慌てなくていいのに。


「ゆっくりでいいよ」

「あ!はい!はい!ありました!こちらでよろしいですか!?」

「はい、ありがとう」


 オレは眼鏡が半分ズレて、額に汗までかいてるシキミザワさんからJOMPを受け取った。


 そういえば、彼女が新人だった頃、ちょっと高額の払込をして、収入印紙を貼り忘れた時もすごかったな。


「これ、5万以上だけど、印紙貼らなくていいの?」

「えっ!!?印紙?印紙!?印紙ってなんですか!?」

「収入印紙。5万以上の場合、ここに貼って、割り印するの」

「ちょ、ちょ、ちょっとお待ちくださぁぁぁい!!てんちょぉぉぉぉ!!」


 なんでもいいけど声デカイなと思ったもんだ。共鳴で眼鏡割れるんじゃないかって勢いで叫ぶからね。まあでも元気なのはいいことだ。

 オレがデカくてコワモテだから怯えられてるのかと思ったけど、いつ行ってもそんな調子だから、それが彼女の通常運転なのだと分かった。



 さて、オレは今、コンビニに珈琲を買いに来て、酔っ払いのオッサンの襟首を掴んでいる。

 レジでシキミザワさんに絡んでいたからだ。いつもならそんなお節介はしないんだが。シキミザワさんが可哀そうなくらいテンパってオロオロして、涙ぐんでいたので見るに見かねた。


 警察に電話してオッサンを引き渡すと、後ろから声をかけられた。


「あの、あのっ!!ありがとうございましたぁぁぁ!」

「うん。何事も無くてよかったね。夜だから静かにしようか」

「す、すみません、すみません!こ、ここここれ、お礼と言っては難ですが珈琲です!!いつもこちらですよね!?」

「ああ、覚えててくれたんだ」

「ももももちろんです!お客さんのことは何でも覚えてます!!」


 元気にテンパった後、シキミザワさんの白い顔がジワジワと赤くなった。眼鏡の奥の瞳が潤んで、今にも泣きそうになっている。

 オレもなんだか面はゆくなって、受け取った珈琲のカップの飲み口を意味なく開けたり閉めたりしてしまう。


「……ありがとう」

「いい、今の、忘れてくださぁぁぁい!!」


 深夜のコンビニ駐車場に、シキミザワさんの悲鳴のような声が響き渡った。彼女はそのまま走って戻ろうとしたが、自動ドアが開ききる前に入ろうとして、硝子に激突した。


 うん、落ちつけ、シキミザワさん。もう少し話をしよう。


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