10月その②

ピッ、となったスマホを見て随分遅い時間になっていたことに気付く。


スマホを見ると時刻は19時。


勉強に集中して時間を忘れていたみたいだ。


今日は部室に後輩の姿はない。


いつもなら後輩が顔を出すか、そうでない日もメッセージが送られてくることがほとんどだったが今日はどちらもないらしい。


「そろそろ帰るか」


机の上のチョコボールを一粒食べてから、そんなことを呟く。


流石にもう後輩も帰っているだろう。


もうとっくに日も落ちてるしな。


10月のこの時期は日没もだいぶ早くなってきていて、窓の外はもう暗くなってから一時間以上経っている。


よし。


帰り支度を済ませて校舎を出る。


道すがら後輩にLINEでも送ろうかと思ったが、それだと俺が寂しい奴みたいになる気がしたのでスマホの画面を消して鞄にしまう。


それにこれから帰るところなのに送っても意味ないしな。


涼しくなった夜の空気に頬を撫でられながら、帰り道でコンビニに寄ってなんとなく表紙に惹かれた漫画雑誌をパラパラとめくるが、新連載ではなかったので普通に話についていけなかった。


他の連載もかなり久しぶりに目にしたので、内容はよくわからない所が多い。


以前は毎週読んでたんだけどなー。


こういう切っ掛けで漫画を読むのを卒業するのかなあと思いながら、パタンと閉じて棚に戻す。


まあ大学入ればまた毎週読めるか。


なんて思いながら視線を上げると、店の外からこちらを見る人物とバッタリ目が合った。


うわ。


思わず嫌そうな表情をすると、それを見て不満そうに何かを言っているのが見えるがガラスを隔てているのでよく聞こえない。


「なに言ってるかわからんぞ」


と、身振りで伝えると、わざわざ入口まで回ってから目の前まで来た。


「ちょっと、なんでそんな嫌そうな顔するんですかセンパイ!」


「いや、不意打ちだったからつい」


「全然言い訳になってないんですけどっ」


別に後輩に会いたくなかった訳ではないんだが、知り合いがいると思っていないところでの姿をあんまり見られたくなかったっていうかね。


「それに全然気付いてくれませんし!」


どうやら外からこっちが気付くようにアピールしていたらしい。


知らんがな。


「用があるなら素直に入って来いよ」


「用はありませんけど」


あっはい。


「でもセンパイに無視されて傷付いたのでなにか奢ってください」


「無視はしてないがな。なに食うんだ?」


「えー、ちょっと選んでいいですか?」


「1分以内な」


俺が条件を付けると、後輩が急いで菓子コーナーへと向かう。


スマホのタイマーを起動してから後を追って、腰をかがめながら下の方に陳列された菓子を物色している後輩の横に並んだ。


「決まったか?」


「んー、迷いますねーこれ」


なんて言ってる間にスマホがピピピと鳴り、後輩がそれに気付く。


まだ悩ましいといった表情をしている後輩だが、それでもちゃんとこちらを向く。


「じゃあ餡まんでお願いします、センパイ」


「菓子じゃないのかよっ!」


思わずツッコミを入れてしまった。


「なにか欲しいのあったらお菓子でもよかったですけど、今はそんな感じでもなかったので」


ならしょうがないか。しょうがないか?


「本当はもちょっとお安く済ませようかと思ったんですけど、センパイが急かすので」


餡まんは140円だから駄菓子コーナーで売ってる大半の商品の方が実際安上がりではあるが。


とはいえ、本当に後輩がそんなことを考えていたかはちょっと怪しいところだ。


「まあいいや。んじゃ買って帰るか」


ということでレジに進んで店員さんに注文する。


「餡まん二つ、お願いします」


「センパイも食べるんですか?」


「別にいいだろ」


「悪いとは言ってませんけど?」


「はいはい」


なんて会話をしながら店を出る。


「しかしまだ寒くないのに餡まんくってるのも変な感じだな」


「自分で買っといて今更ですよ」


「それはそうなんだが」


餡まんの包みを持つと、それだけで薄っすらと熱が伝わってくる。


「というか熱いものは冬に食べるっていうのが間違ってるんですよ。ラーメンだってカレーだって夏に食べるじゃないですか」


たしかに。たしかに?


「でも、冬にアイスは食わんだろ」


「食べますよ、コタツの中で」


「それはまた別の話だろ」


「美味しければいいんですよ美味しければ」


まあそれは一理あるかもしれないが。


そんなことよりも今は餡まんだと後輩が包みを開けて底の紙を剥がしてから一口咥える。


「あっつ!」


「あるある」


中の餡が熱すぎて、無警戒に口に入れると火傷しそうになるのはあるあるだ。


「そういうことは先に言ってくださいよっ」


「言わなくても17年生きてきたらそれくらいわかるだろ」


なんて俺の言葉は無視してはふはふと言っている後輩が、しばらくしてやっとそれを飲み込んでこちらを見る。


「べろ火傷してないですか、センパイ」


「見てもわからねーよ。色は普通だが」


べーと出した後輩の舌は、特におかしな所がないピンク色に見える。


まあ普段から後輩の舌の色なんて注目する機会もないし知らないんだが。


「センパイのせいで火傷したんですから責任取ってください」


「俺のせいではないがな」


言いながら俺も包みを開けて餡まんを咥える。


最初はちょっとだけ噛って、中の熱々の餡をすぐに舌にのせないようにしてから少しだけ冷ます。


そのあとやっと咀嚼すると、ちょうどいい温かさと甘さが口に広がった。


冬ってほどじゃないけれど、最近は多少涼しくはなってきたので悪くはないかな。


なんて思っている俺の隣で、後輩はパクパクはふはふと餡まんを熱心に食べている。


「というかセンパイまだ17なんですね」


「そうだな」


「同い年じゃないですか。敬語いらないのでは?」


「学年が違うだろ」


「ちなみに何月生まれですか?」


「三月」


「私は四月です。一ヶ月差とかほぼ同学年ですよ」


「アメリカの学校だったら実際同学年になるな」


というか日本でもどっちかの誕生日が一月ずれてたら同学年だったか。


「センパイ、ちょっと餡まん買ってきて」


「同年代だとしてもパシリは行かねえよ!」


つーか餡まんなら今食ってるのが実際俺の奢りだろっていうね。


「というかタメ口で話してたら、まるで俺と後輩が友達みたいになるだろ」


「それは……、困りますね」


俺と後輩は友達ではないので、先輩と後輩という枠が無くなると色々困るのはこっちもあっちも一緒だろう。


実際お互いが同学年だったら、こんな頻度で会うような関係にもなってなかっただろうしな。


「じゃあしょうがないので、私はセンパイの後輩のままで我慢しておいてあげます」


「はいはい」


なんだかよくわからない結論になったが、まあいいだか。


「そいや後輩はこんな時間まで学校で何してたんだ?」


時刻は19時過ぎ、部活がある生徒以外はとっくに帰ってる時間だ。


「気になりますか? 気になっちゃいますか?」


「うざ」


「うざいとはなんですかーっ」


だってうざいんだもん。


「それで何してたんだ、あそこのコンビニに居たってことは帰ってなかったんだよな」


「はい、友達と話してたらこんな時間になってました」


「へー」


それならマックにでも行けばいいのにと思ったけど、まあそういうこともあるか。


俺も似たような経験がなくもない。


「そうなんですか?」


「まあ俺は麻雀やってただけだけどな」


今時はスマホでどこでも四麻できるから良いよな。


まあ結局部活終了時間をこえても教室で打ってたら見回りの教師に見つかって怒られたんだけど。


「それは楽しそうですね」


「別に怒られたのは楽しくないがな」


とはいえそこまで本格的に怒られたわけじゃないので苦い記憶ってほどでもないが。


「それにしても涼しくなりましたね」


「そうだなぁ。もう冬服だし」


「そうだ! 私まだセンパイに冬服褒めてもらってないんですけど!」


「いや、褒めねえよ?」


「なんでですかーっ」


「そりゃもう二度目だしな」


初めて見た夏服ならともかく、既に四ヶ月前に見ている冬服に感想などない。


「なに言ってるんですか、センパイ。あの時とは全然違いますよ」


「何がだ?」


「あの頃より、私がずっとかわいくなってるじゃないですか」


言って、きゃぴっとポーズを取る後輩。


「はいはい」


とはいえそんなポーズをされても何が変わってるのかさっぱりわからんのよなぁ。


「髪は伸びましたよ?」


「それはまあ、そうだけど」


半年前と比べれば、それだけは明確に変わっている。


それがかわいさに寄与しているかと言われると怪しいが。


嫌いじゃないけどさ。


「後ろ髪が長いと首元があったかいですよ」


「それは素直に羨ましい」


本格的に寒くなってきたら、後輩のそこに手を突っ込んであったまらせてもらおうかな。


「なにか変なこと考えてませんか?」


「ソンナコトナイゾ」


「はいはい。というか、センパイが卒業するまであと半年なんですよね」


「そうだな」


10月になって冬服に変われば、残りの学校生活もあと半年。


これから寒くなっていって、暖かくなる前には卒業だ。


その頃には、後輩の髪も更に長くなってるだろうか。


「あと半年だと、センパイに何回奢ってもらえますかねー」


「なんで奢ってもらう前提なんだよ。ほぼ同い年なんだから半分はお前が奢れよ」


「いやですー。だってセンパイはセンパイじゃないですか」


「なんだそれ」


まあ日本語が怪しいだけで理屈はわかるけど。


「それに、センパイ私に奢られるのとかあんまり好きじゃないじゃないですか」


「…………」


「だからまた奢ってくださいね、センパイ」


不意に内心を見透かされた俺は、誤魔化すように視線を前に向ける。


「馬鹿なこと言ってないで帰るぞ」


「うちまで送ってくれますか、センパイ?」


「途中までな」


「はーい」




なぜか嬉しそうに返事をする後輩と、並んで歩く。


そういえば、半年前にもこんな風に並んで帰ってんだったか。


あの頃と比べると、随分気やすい距離感になった。


それは今から思えば想像できないくらいの親しさだ。


だけど、もう半年経っても、きっと想像通りの関係に収まるんだろうな。


そんな予感がした。

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