10月その①

「んーっ」


いつものように部室の中で勉強中、問題集をページの最後まで終わらせてぐっと伸びをする。


冷房を入れるほどじゃない程度の暑さの部室は、とりあえず扇風機だけ点けていてもイマイチ勉強に集中することができなかった。


どちらかといえばいつもより集中しやすいはずなんだけどな。


沈黙の流れる部室の中には俺が独りきり。


最近はそこそこの頻度で訪れるようになった後輩の姿はなく、向かいの椅子は利用者不在で佇んでいる。


まあ別に居なくて寂しいとかじゃないけど。


袋からトッポを一本取り出して咥えると、中のチョコが溶けていてぐにょっとした食感が伝わる。


味は変わらないけどね。


なんて思いながらもう一本摘まむ時に、スマホが点滅しているのに気付く。


『センパイ、私が居なくて寂しいですかー?』


通知が来ていたのはついさっき。


とりあえずスマホを弄って短く返信する。


『暇かお前は』


『暇なわけないじゃないですか』


まあそうだよな。


後輩はちょうど今修学旅行で沖縄にいるはずだ。


日程的に今日は三日目だったかな。


時間的には日中の活動を終えてホテルに戻る頃だろうか。


どっちにしてもわざわざ用もないのにLINEしてくるほど暇じゃないだろう。


『暇じゃないなら修学旅行楽しめよ』


『バスの中で隣の席の友達が寝ちゃって暇なんですよ』


結局暇なんじゃん。


『暇じゃないけどちょっとだけ暇になったんですよ。うるさいですねーもう』


なんか逆ギレされたんだが、まあいいか。


『沖縄楽しいか?』


『楽しいですよ! 今日は海に潜って珊瑚礁を見てきました!』


普段よりギアが二つくらいテンションが高いが、楽しいなら何よりだ。


『今日は暑いから海に入るのにちょうど良さそうだな』


『気持ち良かったですよー。ちょっと髪がギシギシしますけど』


『海水だからなあ』


俺も去年に沖縄に行ったが、日焼けでヒリヒリした記憶が蘇ってきた。


あと俺の時は曇っててあんまり景色が良くなかったんだよなぁ。


『じゃあ私が撮った写真帰ったら見せてあげますね』


折角ならついでに絵ハガキでも買ってきてくれと言おうかと思ったが、貰っても持て余す気がするのでやめておく。


『そうだ』


『センパイ』


『私の水着見たいですか?』


問1.今の俺の気持ちを答えなさい。


答1.こいつめんどくせえ。


正確にはどんな答え方をしてもめんどくさそうな質問がめんどくせえ、だけど。


『無視しないでくださいよーーー』


既読つけてから一分しか経ってないのに無視扱いはヤメロ。


『水着ならもう見ただろ』


『あれは学校のじゃないですか』


まあ学校指定の水着とプライベートの水着は別物だよな。


どっちが好みとかはあえて言わないが。


みんな違ってみんな良いの精神を大切にしていきたい。


まあ後輩の水着見たいかと言われれば、うーん……?


『そういうこと言うなら見せてあげませんからねー』


『悪かったよ』


ここで機嫌を損ねると面倒くさそうだという気持ちもあるし、修学旅行中くらい気持ちよく過ごさせてやろうという気持ちもなくはないので謝っておく。


『ほんとに悪かったと思ってます?』


『思ってる思ってる』


『じゃあ土下座したら許してあげます』


『したぞ』


してない。


『もー、しょうがないですねー』


ピコン。


一度も送ってくれとは頼んでないが、まあいいか。


見るとまさに南国といった風景に水着で写っている後輩の画像。


青いビキニに青い空と青い海の彩度が高くてとても見映えが良い。


さすが沖縄。


ピコン。


再び送られてきたもう一枚は、海の中で珊瑚礁と一緒に写っている。


綺麗に撮れるもんだなぁ。


珊瑚もだけど海面から差し込む光の加減が美しい。


そもそも海の中で撮るっていう発想がなかったので感心してしまった。


『綺麗だな』


『そんなに褒めてもなにも出ませんよー 』


意思疏通に齟齬があったような気がするがまあいいか。


後輩もまあ、よく似合ってはいるけれど。


なんかビーチでナンパされてそうな感じ。


冷静になって肌の露出を考えると下着以上だけど、色っぽいと言うよりは健康的で眩しいって思うのはちょっと不思議かな。


あと一番に思ったのは髪が伸びたなあってこと。


元は後ろ髪と肩の隙間から向こう側が見えたけど、今は肩まで後ろ髪のカーテンになっていて向こうが見えない。


どっちが良いって訳でもないけどね。


『センパイは勉強順調ですか?』


『部室が静かで集中できるぞ』


『それじゃまるで私がいるとうるさいみたいじゃないですか!』


うるさいっていうか、騒がしい?


どっちも一緒か。


『まあでも、菓子の種類が寂しいかな』


交換できないと単純にバリエーションは半分だし、自分で選ぶと毎回チョイスが片寄るのもある。


『それは私が帰るまで我慢してください』


別に帰ってきたからってすぐここに来るわけでも無いだろうに。


『そうだ、お土産なにがいいですかー?』


『ちんすこう』


『今、物が残ると面倒だから食べ物でって思いましたね?』


よくわかったな。


貰うのが嫌だというよりは、扱いに困るからだけど。


お土産の実用性、皆無説。


『そんなセンパイの嫌そうな顔を見るために、お土産は身に付けられる物にしますね』


それならしょうがないから笑顔で受け取ってやろう。


後輩のセンスは疑ってないが、後輩がネタに走ったときのセンスはどうなるかちょっと不安ではあるけど。


『ボールペンとストラップと缶バッジならどれが良いですか?』


『別になにも買ってこなくても後輩の楽しい土産話があればそれで十分だぞ』


『そんなこと言っても騙されませんからね?』


チクショウ、騙されなかったか。


『じゃあ鞄かペン入れに付けても変じゃないやつにしてくれ』


実用性ならボールペンなんだけど、沖縄のお土産の、しかも後輩チョイスのボールペンにそもそも実用性が期待できない。


『はーい、期待しててくださいね』


『期待しないで待ってる』


『むー』


そもそも食い物以外の土産物なんてここ数年で貰った記憶がないから、土産に期待するって感覚もイマイチピンとこないんだけどさ。


そういえば春に貰った生八ツ橋は美味かったなあ。


っていうか貰ってばっかりだわ俺。


本当に機会があればお返ししないとな。


『そういえば私、去年の修学旅行のお土産貰ってないです』


『気軽に時間を超越しようとするな』


関わるようになったのが今年の春なんだから去年にお土産を買えるわけがないわけで。


『初対面は四年前じゃないですか』


『あいだ二年ほど会ってなかったけどな』


そもそも前もほとんど話したことなかったし。


『まあ土産が欲しいならどっか行ったときになんか買ってきてやるよ』


『ほんとですか?じゃあ期待しないで待ってますね』


『おう』


そもそも受験生の身分で卒業までに旅行に行く可能性が希薄だけど。


どこも行かなければ何も買ってこなくても嘘にはならないという詐欺師の手口。


『あ』


『いま』


『ホテル着きました』


連続のメッセージとともにピコンとホテルの入り口の画像が添付されてくる。


部屋に戻ったらまた友達と盛り上がるだろうし、LINEもこれで終わりかな。


『それじゃあセンパイ、また来週ー』


三泊四日の修学旅行から帰ってきて週末を挟んだら後輩の次の登校日はもう来週。


そういえば、一週間以上会わないのは久しぶりかもしれない。


『事故には気を付けろよ』


『ほとんどバス移動で事故なんて起きませんよー』


『飛行機が落ちるかもしれないだろ』


『それは気を付けるって次元じゃないですよ!』


確かに。


『じゃあ飛行機落ちないように祈っておいてやるから無事に帰ってこいよ』


『はーい』


『それじゃあ引き続き楽しんでこい』


『ありかとうございます、センパイも勉強頑張ってください』


『おう』


短い返事に既読がついて、それきりスマホが静かになった。


手を伸ばしてポッキーを咥えて、相変わらずぬるっと溶けてるチョコを味わう。


「……、勉強するか」


スマホをスリープにして、今だ暑い部室の中だが、それでもさっきまでよりは集中できそうな気がした。

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