メガネカタリ

関川 二尋

メガネカタリ

「まさか、老眼鏡を買う歳になるとはなぁ」

 と言いつつ、ずらりと並んだメガネに戸惑っている私。

 ここは駅ビルの中にある若者向けのメガネ専門店。

 実は人生初めての眼鏡選びなのだ。


「いいじゃない。人生初メガネ!」

 かな子はやけに嬉しそうにしている。

「あなた絶対似合うと思う。顔小さいし」

「そうかな? 顔はけっこう大きいと思うけど」

「今はおしゃれなメガネがいっぱいあるのよ。大丈夫、ちゃんとあたしが選んであげるから。これからはイケオジ目指さないとね!」

「いいよ、そんなの目指さなくても」

「とにかくまずはコレ」


 細い銀色のフレームの眼鏡を手渡される。なんか昔の眼鏡のイメージと比べると、レンズがだいぶ小さい。言われるままにちょっとかけてみると、意外と悪くない感じがする。なんかおしゃれに見えるし、なんか理知的な雰囲気がある。自分の顔なんだけど。


「なんか、これいい感じだな」

「でしょ」


 ちょっと角度を変えて鏡に映してみる。なんというかだいぶ印象が変わるものだ。何度か首を動かし、ちょっとずり落ちてきたメガネを、そっとフレームをつかんで掛けなおす。


「やっぱり」と、かな子。

「なにが?」と、私。


「メガネの直し方。性格が出るんだって」

「どんなふうに?」

「フレームつかんで掛けなおすのは、おとなしくて、のんびりしたマイペースタイプなんだって、カタリがそう言ってた」

 

 そう言われれば、たしかに当てはまっている気がする。 


「そうなの? そもそもあいつメガネかけてたっけ?」

「ブルーライトのやつね。たまにパソコンする時にかけてるわよ。知らなかった?」


 そういうかな子は片手の指先でツルの部分をクッと上げた。いわゆる昔の教育ママの上げ方みたいに。

 かな子の性格からすると、そうだな、ちゃんとした信念みたいなものがあって、努力家で真面目なタイプ、というところなのかな。


「例えば、あのおしゃれなスーツ着た男の子、真面目でちょっと神経質そうでしょ。ああいうタイプは人差し指でクイッと真ん中を上げるタイプ」


 ちょっと見ていると……ほんとだ!

 たしかに人差し指でクイッと上げた。

 なんかこういう観察も面白いものだな。


「それより、こっちもかけてみてよ」

 と、手渡されたのは丸っぽい眼鏡。ジョン・レノンがかけていたようなタイプだ。かけてみると、こちらはなんだか芸術家っぽくみえる。


「あら、意外と似合わないわ」

 はっきり言ってくれるな、でも私も同じく思っていた。

 これは私のタイプじゃないないようだ。


「そういえば、ハナさんはこんな感じのメガネじゃなかった?」

「うんピンクのフレームで。それで母さんは手の甲で上げるタイプだったな。感受性とか美意識が強くて、ちょっと甘えん坊なタイプらしいよ」

「まさにそうだな。それにしてもカタリはずいぶん詳しいんだな」

「まぁそのうち分かるわよ」

「え? どういうこと」


 聞いたものの、どうやら答えてくれる気はないらしい。

 ニシシ、と若い頃から変わらない笑顔を浮かべた。


「ちなみにカタリは片手で顔を隠すみたいにしてグイってあげるの。知ってた?」

「こんな風に?」

 ちょっとやってみる。


「そうそう、そんな感じ」

かな」

「正解。まぁなかなか本音を明かさないところは昔から変わんないけどね」


 そんな会話を交わしながら店内をぐるりと回る。

 だいたいラインナップは見た。

 かな子が選んでくれたものは片っ端から試してみた。

 でもどれがいいのか、ちょっと迷ってしまう。


「お、これなんかどうかな?」

 今度は自分で選んでみた。

 上側だけにフレームのついたちょっとカッコいいメガネだ。


「ちょっとデザインが派手かな。若者っぽ過ぎるみたいだ」

「あ。それ、いいじゃない。ちょっとぐらい派手な方がいいよ」

「じゃあ、これにしてみようかな」


「お決まりですか?」


 すらりとした店員さんがスッと横に現れる。

 と……


「カタリじゃないか!」


 スラックスにベスト、ちょっと青い色のついたメガネをかけた、制服姿のカタリがそこにいた。どうやらここの店員になっているらしい。胸にはバッチもついている。


「お父さん、いらっしゃい。待ってたんですよ」

 カタリはそう言って、


「そっか。つまりバイトしてたのを隠してたんだな」

「え?」

「ほら、あなたが教えてくれた性格診断」と、かな子。

「ああ、あれですか。確かにそうしてましたね、照れ屋で二面性のあるタイプ」

 そう言ってまた片手を広げてメガネを直す。

「そうそう、それそれ」


「これね、店長から聞いた話なんですよ、接客に役立つからって。でも自分にも当てはまってるとは思わなかった。ちなみに内緒ですけど、店長は付け根でグイッと上げるんです」

「それはどんなタイプなの?」

「せっかちで好奇心旺盛な楽天家」


 ちらりとカウンターの奥を見ると……あれはお隣のモモカさんだった。相変わらずてきぱきと動いて、周りを笑わせている。そしてこちらに気づくと小さく手を振ってきた。


「モモカさんの紹介でアルバイトさせてもらってるんです」

「そうだったのか、仕事は楽しいかい?」


「はい。僕は接客の仕事は性に合ってるみたいです。なんかたくさんの人と話したり、話を聞いたりするのが楽しいんですよね。お勧めした商品を喜んでもらったり、また買いに来てくれたり、なんか信頼されていくのがすごく実感できるんです。なんていうか、人に喜んでもらえるって、それだけですごく楽しいです。それにメガネ直しの性格診断が当てはまるのがなんか楽しいんですよ」


 その言葉に私はなんだか胸が熱くなる。他人に対していつも心を閉ざしているところがあったカタリ。彼も成長しているんだと、それに少しでも関わってあげられたことが、無性にうれしかった。


 でも同時に少し寂しい気持ちもある。ここまで成長したなら、私のするべきことはもうないのかもしれない。あとは自分自身でどんどんと成長していくだろうから。


 でもそんな寂しさもカタリの笑顔を見ていると消えてゆく。


 うん、この子はきっといい人間になる。人の痛みを知り、優しい心を持って、ちゃんと自分の足で歩いて行ける強さがある。もうそれだけで十分だ。私は十分その手伝いができたんじゃないかな。


「お父さん?」


「いや、なんでもないよ。それよりさ、今度二人で飲みに行かないか? この新しいメガネを買って初のデートはおまえと行こうかな、なんてさ」


「なんか、そういうの、すごくいいですね!」

「いいだろ、かな子? 昔にお義父さんに連れて行ってもらったとっておきの店があるんだ」


「わかった。隣駅の焼き鳥屋さんでしょ。ま、いいんじゃない? たまには男同士二人で行ってきたら」


 その言葉にニッと二人で笑いあう。


「実は焼き鳥も絶品だけど、ニンニクがめちゃくちゃうまい店があるんだよ」


「じゃ、大至急でメガネを作りましょう! まずは視力検査から。お父さん、こっちに来てください!」



 ~おわり~






 













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メガネカタリ 関川 二尋 @runner_garden

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