第10話 決闘番長

 僕は番長を見据え、ゆっくりと重心を前にたおし、両手を少しだけ広げる。

 汗が顔を伝わる。

 番長は容易ならざる相手だ。

 屋上の拳での攻撃を見て、正直そう思う。

 だが、全く歯が立たない相手でもない。

 僕は全身の力を抜き、前後左右のいずれにも重心移動が可能にする。

 僕は頭の中で、スイッチをイメージする。

 そして、それをONにした。

 カチリ。

 頭の中だけで、スイッチが入った音がする。

 無駄な雑音や、雑念が消え去り、番長との語り合いだけに意識が集中する。

 これは、イメージトレーニングの一種で、思考を試合に集中させるために僕がいつもやっていることだ。

 番長と僕の間に風が吹いた。

 それを合図に番長は全く無駄な動きなく、一呼吸で、僕との距離をつめた。

 番長の体重が自らの右足にかかり、流れるように僕の顔面にめがけて、右の拳が放たれる。

 僕は首だけの動作で、剛腕をかわすと、滑るように番長の懐に飛び込んだ。

 この一撃はすでに見ている。かわすのは難しくない。

 右足を軸に、重心をわずかに後ろに移動。下腿三頭筋、大腿二頭筋、後背筋、上腕二頭筋と順番に力を蓄積、増幅させる。

 番長の拳が放たれてから、二呼吸。

 僕の拳が、番長の右腹、肝臓に突き刺さる。

 出雲嬢が番長に放った一撃を、正確に僕は再現した。

 まるで真綿の布団をなぐったような感触。

 とてつもない腹筋だ。

 ともあれこれで、借りをひとつ返したぞ。番長。

「せ、先輩、すごい。私よりも遥かにはやいです!」

 出雲嬢の息をのむ音が聞こえる。

 番長は無言でよろめき、轟音とともに地面に倒れた。

「やった、やりましたね。先輩」

 出雲嬢の歓喜の声をよそに、僕の胸に不安がよぎる。

 簡単すぎる。番長がこの程度の攻撃でたおれるはずがない。それに先ほどの一撃の威力は番長の強靭な腹筋で大半は止められているはずだ。

 僕がそう思った瞬間。

「うわはっはっはっは。は~はっはっは~」

 番長は哄笑を放ちつつ、一瞬で立ちあがった。

「貴様の言葉、たしかに俺様に届いたぞ。貴様は間違いなく兵(つわもの)よ。言葉は一方通行ではいかん。俺様の言葉うけとれい」

 番長の左の拳が唸りを上げる。

 まずい。右の一撃よりはるかに早い。

 僕は番長の拳の動線を読み、後ろに飛び拳をかわそうとするが、間に合わない。

 僕は思わず右腕で番長の左の拳を受け止める。

 車にでも激突したかのような衝撃が僕の全身を襲い、背中から地面にたたきつけられた。

 一瞬、息が詰まる。

 幸い、後ろに飛んでいたため、右腕にダメージはない。少し痺れているだけのようだ。

 加えて受身は得意技だ。地面と激突した衝撃はあらかた殺してある。

「せ、先輩ぃ」

 僕は先ほどの番長のように素早く立ち上がり、駆け寄ろうとする出雲嬢を手で押しとどめる。

「ほほう、貴様。俺様の拳の動きを察知しているな。まさに貴様は、いままで俺様が語り合ったなかでも一番のつわものよ。然らば俺様も本気で貴様と語らねばなるまい」

 乱れた息を整えながら、僕は体勢を立て直す。番長との身長差から視線を合わすと見上げる形になる。汗が頬を伝い、地面に落ちた。汗で湿った髪が肌に絡みつく。

 右手の痺れは少しずつ引いてきている。番長からの攻撃に対するため、重心を前方にわずかに移動させる。

 番長は一呼吸で数十歩の間合いを侵略した。今度は右の剛腕がうなりを上げて迫る。わずかに顔をそらして攻撃を回避した。拳で押し出された大気が頬を軽く叩く。今度は頬を切るまでには至っていない。

 数歩更に後ろに下がる。番長は拳を前に突き出し構えを取った。刺すような視線と肌を震わすような気迫を感じる。こちらから仕掛けるべきか、攻撃を受けるべきか。番長の動きを注視しながら思案する。数秒の時間が数時間に引き伸ばされたように感じていた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る