第11話 決着番長

 どれくらい膠着時間が続いたのだろうか、番長がその構えをとき、静かに瞑目した。

 今まで荒々しかった気配が、静かになっていく。

「私、薫子さん呼んできます」

 出雲嬢は、出雲嬢は僕が不利だと見たらしくあわてて空き地から駈け出して行った。番長は出雲嬢には目もくれない。番長から意識をそらすことができず、静止の声をかける暇もなかった。

 おそらく、安全な場所からスマホで連絡するか、姉様はおそらく帰宅している時間と思うので、僕の家まで呼びに行くつもりなのだろう。

 僕はむしろ警察などよりも姉様一人の方が恐ろしい。

 まずいな……。このままだと番長の命が危ない。

 今となってはたった一人の肉親の僕に危害を加えるものに対して、姉様は一片の情けも容赦もしない。

 僕は過去、三十人以上の暴走族と暴力団を半死半生まで叩きのめした姉様の姿を目の当たりにしたことがある。

 そのときの恐怖体験のおかげで、今となっては大抵のことには動じなくなってしまったくらいだ。

 番長がいくら強いとは言え、僕に若干でもてこずる以上は、姉様の足元にも及ぶまい。

 ひとたび、姉様を怒らせてしまえば、たとえ僕ですら止めることは不可能だ。

 出雲嬢の性格からして、姉様に対して番長が僕に傷をつけたことなどを大袈裟にまくし立てるに違いない。

 結果姉様の怒りを買い、番長の命は確実に無くなるだろう。

 さすがにそれは夢見が悪い。

 番長の命を救うためにも、早急に倒す必要があるだろう。

 家の距離と空き地の距離を考えるに、出雲嬢が帰ってくるには三十分くらいだ。

 それほど、猶予はない。

 突如、首筋の毛が逆立つような悪寒が走る。

 ほとんど無意識に僕は体を右に移動させた。

 爆音のような音が耳元を駆け抜け、番長の拳が僕の頭のそばを通り過ぎて行った。

 僕は番長から目線をそらしてはいない。それに関わらず、拳の一撃を予測できなかった。

 なるほど……。

 拳を放つための予備動作を完全になくして、放たれるタイミングと、攻撃の軌道を読めなくしたのか。

 恐ろしい技の冴えだ。

 仕方ない。拳で語るのは無しにするしかない。

 僕はくやしいが、自分の拳では番長を倒しきれないと判断した。

 心を刃のように細く持ち、番長に鋭く意識を向ける。

 僕は後ろに飛びのき、番長と距離を三歩分くらい離す。

 僕はそのまま、反復横とびの要領で番長の左斜め前の場所に跳躍した。

 ちょうど、蹴りが番長に届くくらいの距離だ。

 跳躍と同時に僕がいた場所に番長の左拳が通過する。

 僕の読みどおりだ。拳の軌道は読めずとも、次の攻撃が全力の左であることは今までの番長の攻撃パターンから予測がついていた。

 一瞬だけ、番長自身の拳で僕の場所が死角になる。

 その刹那の隙に僕は全身の体重を軸足である右足にかけ、軸足を回転させて、大きく孤を描くように左足を番長の顎に放った。

 遠心力が十二分に乗っかった一撃だ。

 やや上向きの蹴りが番長の顎を斜め上に擦りぬける。この角度の攻撃は脳を激しく揺さぶる。

 番長は脳震盪を起こして思わず膝を屈した。

 僕より背が高い番長の頭が膝を屈することで、僕の頭と並ぶ。

 その瞬間、僕は逆方向に軸足を回転させた。左足は先ほどよりさらに大きく孤を描く。

 花びらのようにスカートが翻りそのまま、左足の甲は番長のこめかみに激突した。

 衝撃で、番長の帽子がはじけ飛ぶ。

 僕の左足が元通り地面につくと同時に番長は轟音とともに地面に崩れ落ちた。

 はあ。はあ。はあ。

 僕は呼吸を整えつつ、目に流れ込む汗を手でぬぐう。

 今のは僕にとって会心の一撃だ。

 これが番長に効果がなかった場合は、打つ手はもう残ってない。

 地面に屈した番長からは、未だ気勢が感じられる。

 さっきの手は二度とは通用すまい。

 見る間に番長は勢いよく立ちあがった。

 すこし、ふらついているようだが、しっかりとその目は僕を見据えている。

 僕は背骨に氷を押し込まれたような恐怖を感じた。番長は不死身なのか。

 今の連続攻撃を受ければ大人ですら、昏倒するだろうに。恐るべき番長の体力だ。

「は~はっははは。拳ではなかったにしろ、貴様の言葉確かに俺様に届いたぞ。俺様の帽子を蹴り飛ばした兵(つわもの)は貴様が初めてだ。素直に負けを認めよう。

 約束通り俺様は貴様らには干渉せん。そして、あの小娘にも謝罪しようではないか」

 なかなかに、漢らしい言葉だ。

 僕は素直に感心した。

 緊張がとけて全身から力が抜ける。強烈な倦怠感が全身を包んだ。

 「兵(つわもの)よ。名前を聞いておこう。俺様の心に刻むためになあ」

 番長のだみ声が、空き地をまたもや震わせた。

 いまだに、これほどまでも大声を出せるほど体力が有り余っている番長は正直驚嘆に値する。

 とりあえず、僕は番長に、フルネームで名乗ってみる。

 聞かれた以上、答えるのが礼儀だろうし……。

「天城……?」

「桜子……だとお?」

 僕は首肯する。

 んん? 何か態度が変だが……。

 僕の名前が変だとでも言いたいのか?

 自分では結構、気に入ってるんだが……。

 番長は驚愕に目を見開き、あんぐりとその口を開けている。

 番長の性格はもとより不審だが、今はさらに度が増して挙動までもが不審になっていた。

 わなわなと番長は全身を震わせて、僕に驚くべき一言を放った。

「き、貴様、女だったのかあ」

 な、何。なんだって。

 今なんといった。

 僕はわが耳を疑った。

 ほ、本当に僕を女子として認識していなかったのか!。

 薄々気づいてはいたものの。は、はっきり言って、その言葉は殴られるよりダメージが大きいぞ。

 僕は力強く、そうだと肯定した。

 番長の全身の震えがさらに増す。

 やがて番長の目はぐるりと白目をむいた。

 番長はそのまま前のめりに倒れこんでいき、轟音を巻きあげて地面にめり込む。粉雪のように砂埃が辺りを舞った。

 そして今度はしばらく待っても立ち上がることがなかった。

 どうやら、僕の全力の拳より、さらに全力の蹴りよりもさっきの言葉が効いたらしい。

 拳で言葉を語るのではなく、言葉で拳を食らわせてしまったようだ。

 何にしても姉様が来る前になんとか番長を倒すことができた。

 これで、万事解決なのだが……。

 しかし、まったくうれしくない。泣き出したい気分に襲われていた。

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