第9話 交渉受諾

 番長が闖入してきたせいで、今日の部活はとても行えるような雰囲気ではなくなってしまった。おそらく状況についていけなかったのだろう誰も番長の件で誰も問いを投げかけるものはいなかった。

 神谷主将はしばしの逡巡の末、今日の部活を休みにするとの宣言する。それで今日の部活は解散になってしまった。

 何か問いたいのだが言い出せない雰囲気の部員達の視線を受けながら、僕は狭い更衣室ですばやく着替えを行い、帰路につくことにした。

 特に田心嬢と出雲嬢もそれぞれものいいたげな視線を向けるが、話しかけられる暇を与える前に、僕は体育館を抜け出した。

 今は中途半端な時間のためか、帰路につく生徒の数も少ない。

 僕はこちらを注目している人がいないことを確認した後、校門をくぐってすぐの道で何となく、番長の手紙を開けて見てみた。

 わりと、几帳面に折りたたまれた手紙を広げてみると、『郊外の空地にて待つ』とだけ書いてあった。

 ちょっと待て、日時はないのか?

 僕は歩きながら紙を隅から隅まで眺めたが、書いてあるのはその一文だけだ。

 もっとも郊外の空地は一か所しかないので、場所は間違いようがないだろう。

 しかし、日時がないのはどうしたものか……。

 僕は番長の性格から、その行動を推察してみた。

 日時を書いていないということは、道場に闖入したあと即時、空き地に向かったと推察される。

 そして、僕が行くまで何日でも立ちながら番長は待ち続ける。雨の日も風の日も……。

 そこまで考えて、冷や汗が背筋を伝わった。

 僕は猛烈に悪い予感に襲われて、足早に郊外の空地に向かおうとした瞬間。背後から声がかかった。

「先輩~。桜子先輩」

 出雲嬢が息を弾ませて、駆け寄ってきた。

「はあはあ、やっと追いつきました。先輩、足速すぎですよぉ」

 とりあえず、僕は振り返り、出雲嬢と視線を合わせた。

 若干髪がみだれ、頬は上気している。

 少しずつ、息が整っているようだ。

 バラバラと帰路につく生徒が横を通り過ぎて行った。

 とりあえず、僕は急用があり、向かう場所があるので、ここで別れようと告げた。

 さすがに、後輩を番長との決闘の場に連れていくわけにもいくまい。

「あいつに呼び出されたんですね」

 出雲嬢は断言した。

 さすがに、あの道場に来た番長を目の当たりにして、その後、僕が立ち去るのをみたら、誰でもそう気づくだろう。

 出雲嬢はしっかりと僕を見据える。その目からは静かな怒りと、たしかな気遣いが感じられる。

 まずいな。僕がどうやって出雲嬢を説得すべかを考えていると、「私も行きます」と断言された。

 こうなってしまうと、出雲嬢の性格からして、説得は不可能に近い。

 仕方なく、僕は番長の手紙の内容を告げ、これから空き地に向かうと告げた。

 そして、もし番長がいても、決して近づかないように確約させる。

 出雲嬢は納得してないが、仕方ない感じで首肯した。

 僕達は駆け足で、横断歩道を渡り、路地を抜けて、郊外に向かう。

 空き地は、昔何かの医療施設が建設される予定だったが、予算の関係で頓挫したらしい。

 いまとなっては、雑草が生えて、不気味な雰囲気から、あまり近づく人もいない。

 サッカーくらいはできそうな広さの空地だというのに、もったいない気もする。

 塀に囲まれて、立ち入り禁止の立て札が立っている空地に僕達は到着した。

 塀の壊れた部分をすり抜けて、空き地に入る。

 おっかなびっくりと出雲嬢も僕に続いた。

 どうやら、空き地にくるのは初めてのようだ。

 果たしてそこには、番長がいた。

 空き地のど真ん中で、風にふかれながら瞑目している。

 僕の気配を感じたのか、番長は大きく目を見開いた。

「待ちくたびれたぞ。ここでは誰も水をささん。さあ、存分に語り合おうではないか」

 番長の声が広い空き地の草の一本一本をも震わせる。日時を指定してないので待つのは仕方ない。それはどう考えても番長が悪い。

 僕はさらに色々と突っ込みたいのを我慢しつつ、番長に僕がもし勝ったら、出雲嬢に謝罪し、僕達にかかわりあうなと告げた。

「は~はっははは。よかろう。貴様の言葉がもし、俺様に届くことがあればな」

 案の定、番長は自分が勝利したときの条件を告げてはこなかった。

 こちらからの一方的な要求は心苦しいものがあるのだが……。

 出雲嬢は、番長の異常なまでの存在感に圧倒されて、言葉を発することができないでいるようだ。口を引き結び、小刻みに体を震わせているのは、恐怖のためか、怒りのためかはわからない。

「せ、先輩に怪我でもさせたら、ただじゃすまないんだからぁ」

 出雲嬢は携帯をにぎりしめて、絞り出すように番長に言い放つ。

 どうやら、何かあったら警察に電話しようと思っているようだが、番長にそんな手はおそらく通じない。そんなまともな人物ではないのはすでにわかっている。

 僕は大丈夫だとなだめつつも、出雲嬢を邪魔にならないように空き地の端に下がらせる。

 自分では足手まといなることは理解しているのだろう。唇をかみつつもゆっくりと後ろにさがっていった。

「さあ、語ろうではないか」

 番長は出雲嬢には目もくれず、僕だけをまっすぐ見てそういった。

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