第8話 交差と錯綜
どうにか、出雲嬢を立ち直らせたあと、僕は午後の授業を受けていた。
一点、別れ際に僕が番長と出雲嬢の間に入り込み、拳を受けそうになったことに関しては逆に僕のほうが怒られるはめになってしまった。
まあ、心にトラウマも残らなかったようで、一安心といったところだ。
僕は午後の授業を受けつつ、今後、番長に対してどんな対策をとるべきか考えを列挙することにした。
一.無視する。
二.説得する。
三.担任の先生に相談する。
現実的な手段としては、三だろうが、今までの担任の先生の言動を鑑みるに当てになるかどうかは微妙だ。
仮に担任の先生が番長をどうこうしようとしても、番長自身が聞く耳を持たない可能性も非常に高い。
姉様も言っていたが、自分の世界を強く持っている人間はその世界の中の理で物事を進めようとするものだ。
そういう意味では、僕が番長と拳で語りあい、納得させるしかないだろう。
あまり、気乗りしない手段だが、あの番長の気質を鑑みると、納得させさえすればこちらに二度とかかわってこない公算が高い。
それに、番長には出雲嬢の借りを返す必要もある。
僕は静かに怒りを心にため、後ろの席の番長をにらんだ。
ふと先生から指名されて例題を解きに黒板に向かう番長の広く力強い背中が目に入る。
服の上からでもわかるほど発達した後背筋。これならばあの恐ろしい拳の一撃を放てるのも頷けるというものだ。
黒板の公式をノートに書きつつ僕が色々と考えていると、前の田心嬢が先生に見つからないように、後ろ手に折りたたんだ紙をまわして来た。
僕は何気なくその紙を広げ、中の文に目を通し、驚愕した。
『例の彼があんたことをクラス全員に聞いて回ってたよ。放課後どこにいるかとか聞いてたから、空手部の道場にいるって教えといたよ。いい感じじゃない。後、告白は男からさせないとだめよ。がんばってね』
おそらく、番長は昼休みの後半、僕が出雲嬢を立ち直らせている間に聞いて回っていたのだろう。
全然いい感じじゃないが、がんばる必要はあるな……。
告白は男からか……。話は微妙に違うが確かにこれは一理ある。
例えば番長から僕に決闘なりを申し込ませればいいということだ。
そうして勝利条件として、出雲嬢への謝罪と、僕への不干渉を取り付ければいい。これは妙案だ。
番長が決闘を申し込んでくるかという考えもあるが、これは問題ない。おそらく僕が空手部にいることを知り、あっちから現われ出ることだろう。
前を見ると、番長はすらすらと黒板に書かれた方程式を解いているところだった。
筋肉ばかりではなく、頭脳も優れているとは並々ならぬ相手ではある。
しかし、ここで逃げに走り来るべき障害を避けていてもさらにそれはさらに大きくなり結局目の前に立ちふさがってくるだろう。
決めた。番長には今までの借りをまとめて清算させてもらおう。
終業のチャイムが高らかに鳴り響き、今日の授業の終わりを告げる。
ついに放課後になった。
気になることといえば、途中の休み時間に田心嬢を筆頭にしたクラスメイトの言い知れぬ視線を感じたことだろうか……。
彼らの誤解もいずれ解く必要があるが、当面は番長の問題解決が先決だ。
僕はとりあえず、職員室に向かい、屋上の扉のことを担任の先生に告げてみた。
「ああ、屋上の扉か。どうやら古くなっていたようだな。業者をよんで修理させることにするから気にするな」
担任の先生はあっさりとそういった。どうやら、番長が蹴り開けたとは夢にも思っていないようだ。
今の担任の先生の様子を見るに、番長がいきなり襲ってきたと言っても信じてもらうのは難しいだろう。
僕は先生に番長の問題を解決してもらうことを断念して、空手部の道場に向かった。
道場は、体育館を入ってすぐ右のトイレの横の扉を入り、階段を上って二階にある。
ちょっとわかりにくいところだ。
ちなみに番長には体育館のついでに、道場を案内している。もし来るとしても迷うことはないだろう。
僕は道場の隣、五人位しか入れない程狭い更衣室で、空手の道着に着替える。
珍しく今日はちなみに皆勤賞の出雲嬢に加えて、田心嬢も来ていた。
田心嬢が何やら意味ありげな笑みを浮かべてこちらを見るので、とりあえず微笑み返しておく。
最近は冬の大会に向けて、練習も厳しくなりつつある。
空手部は、都道府県でも有名な大会で度々優勝した経歴があり、僕が入部した時は人数も二十二人を超すほど多かったのだが、今では五人だけになってしまった。いまどきはこの手の格闘技は流行らないのかもしれない。
そして、僕は今までにないほどの緊張感をもって、僕は道場のよく滑る床に足をつけた。
神谷主将が現れて、部活が始まろうとした瞬間、道場の扉が激しく開かられた。
もう耳馴染みな下駄の音。
番長だ。
「君は、入部希望者かね?」
神谷主将と、三年の先輩の二人は闖入者に目を丸くして尋ねた。
田心嬢と出雲嬢がそれぞれ、番長に視線を向ける。
片や好奇心に満ちた猫のような眼で、片や仇敵をにらむ鷹の眼で。
僕を含む五名の刺し貫かんとするような視線をそよ風のように番長は受け流す。
そして、一ミリもずれなく僕を見やり、番長は豪胆な笑みを浮かべる。
「俺様が用があるのは貴様だけだ。うけとれい」
番長はそういうと僕に手紙を放り投げる。
手紙は意志があるかのように空中を泳ぎ僕の手におさまる。見ると古風な感じで筆でしたためられた手紙だ。
満足気にそれを見届けると、番長は踵を返し道場を後にする。
カランコロン
高下駄の音が遠のいていく。
僕は力強く、果たし状を握りしめた。
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