第4話 青空番長

 キンコーンカンコーン。三時間目終了のチャイムが鳴り響く。

 はあ……。

 校長室の永遠とも思える時間が終わり、思わずため息がでる。

 あれから、校長室の件を鑑みて、僕は番長の望む場所ではなく、僕の考えで校舎を案内することにした。

 特に不満を呈することはなく、番長は僕に従い、校舎を回った。

 たった今、保健室、職員室、体育館、図書室、運動場など、主要な場所は全て回り終わったところだ。

 その間、番長は誰に殴りかかることもなく、平穏無事に時間が進んでいった。

 最初からこうするべきだったかもしれない。もう回るべきところもなくなってきたので、僕は教室に戻ることを番長に提案した。授業に戻った方が精神衛生上望ましい。

「俺様はまだ、行くべき場所がある」

 番長は、無意味にでかい声でそういった。

 僕は耳が痛くなるのを我慢しつつも、そこはどこかと尋ねる。

「決まっているではないか。それは広い場所だ」

 何が決まっているのかは分からないが、今度は、言葉の意味だけは分かる……。

 広いというのは、場所にかかる形容詞には間違いない。

 僕は学校で、広い場所を脳内で列挙してみた。

 運動場、体育館、屋上。こんなところか……。その中で運動場と体育館はすでに行っている。屋上が望ましいだろう。

 しかし、何の用事で広い場所に行くつもりだろうか?

 番長の思考は、僕には全くわからない。

 僕の思考をよそに番長はさらに言葉を続ける。

「今回は人気がないことが望ましい。そんな場所はあるのか?」

 人気のない場所か……。

 体育館と運動場は、体育の授業が行なわれている可能性がある。

 となると、やはり屋上しかない。屋上は事故を防ぐため、通常は閉鎖されている。

 人気は全くないだろう。

 ちょっとまて……。

 人気のない場所で、広い場所? 僕は今後の展開を予想してみる。

 ……まずいかもしれない。

 僕は見るからに弱く、番長が語りたい相手とは認識されないと信じているが、万が一ということもある。

 ここらで、案内はお開きにしたほうが得策だろう。

 僕は、番長に広くて人気のない場所は、屋上だと告げ、さらに鍵がかかっていて立ち入り禁止で、入ることはできないとも告げた。

「屋上か、望ましいな。そこに案内しろ。鍵は職員室から借りてきたらよかろう」

 確かに、職員室で申請すると屋上の鍵は借りることはできる。

 だが、人気のない屋上で番長と二人きりになるのは、何故か危険な気がした。

 僕は、番長に職員室で僕が鍵を借りてくるので、一人で気が済むまで屋上を見てくればいいと告げた。

「俺様を案内するといったのは、貴様だろうが、貴様自分で行ったことを覆すというのか? それは、義理に反するのではないかぁ。それに俺様は屋上への行き方などしらないのだぞ」

 番長は、校舎を震わせるかのような大声で、僕にそう叫んだ。

 確かに理屈は通っているが、釈然としない。

 第一、屋上へは、階段を上れば普通にたどりつくと思う。

 なんとか、番長を説得し一人で屋上にいってもらうように促したが、取りつく島もない。

 これ以上の会話は成立しないとおもわれるので、とりあえず、鍵を借りる申請をするために職員室にいく事にする。

 流石に、鍵を借りる許可は降りないだろう。

 そうなれば、番長もあきらめざるをえまい。

 僕は気乗りしない足を引きずるように、一階の職員室に向かった。

「おお、かまわんぞ」職員室にいた担任の先生は、頭をかきつつそういった。

 僕は四時間目も始まるが、授業に出ないで大丈夫かと告げるが、それもOKが出てしまった。

「午前の授業は全部出席扱いにしてやるから。心配するな天城。後で授業内容はクラスメイトにノートを見せてもらんだぞ」

 確かにノートは見せてもらう予定だったが、なんなんだ、このアバウトな教師は……。これでいいのか?

 僕は、あてが外れたので、ぶつぶつと脳内でぼやきつつ、屋上の鍵の賃貸許可のノートに借りる目的と、時間を手早く記載する。

 最近はセキュリティとかで、鍵一つ借りるのもややこしくなった。

 ちなみに、屋上の鍵を借りた生徒はここ一年の間で僕が始めてだった。

 僕がノートに必要事項を記載している間、番長はむっつりと、僕の後ろに突っ立っている。

 僕はさすような番長の視線を感じつつ、屋上の鍵を担当の先生から借り、職員室を出た。

 キンコーン、カンコーン。

 とうとう、四時間目に突入した。

 僕は、今後の展開を脳内でシミュレートしつつ、屋上までの気乗りしない道のりをたどっていた。

 一階から、三階までの階段を上り、屋上と校舎を隔てる扉に到着した。

 ガチャ。

 鍵は何事も無く回り、扉が開く、まぶしい日の光が校舎に差し込み、僕の後ろに影を作った。

 念のため、僕は鍵を差したままにして、番長に先に屋上に入るように促す。

 もしかすると、番長を屋上に送り込むだけで、僕は一緒に行かずにすむかもしれない。

 僕が屋上に一緒に上ったとしてもベンチを番長に紹介するくらいしかやることもないだろうし……。

 番長は黙って素直に、屋上への扉をくぐって、僕の視界から消えた。

 僕が、このまま教室に帰ろうかと、しばし逡巡していると、番長の声が響いた。

「何をしている、貴様もあがってこんかぁ、確認することがあるのだあ」

 確認したいこと……ってなんだろうか?

 嫌な予感に襲われつつ、僕は屋上の扉をくぐることにした。

 さすがに、番長をこのまま放置してはいけないだろうし……。

 僕は明るい、日差しの中に身を乗り出した。

 そこは、抜けるような青空。こんな暖かな日差しの下で昼寝をしたら気持ち良いだろうと思わせるような、いい天気だった。

 扉をくぐった僕を最初に出迎えたのは、番長の不敵な笑みだった。

 番長はその青空の下、胸を張り、腕を組み、静かに屹立していた。

 そして、鋭い視線は、僕にまっすぐ向かっていた。

 僕はこれからおこることを考え、もっとも悪い予想が的中したことを確信するのだった。

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